日が下がり始めた。そろそろ、干しておいたベッドシーツをしまわなくては。
たくさんあるシーツを籠に入れて、今度はアイロン掛けだ。洗濯バサミからシーツを解放して、カゴに入れて、アイロンのある部屋まで運ぶ。それを3回繰り返して、竿からは洗濯物が消滅した。

大きめのカゴ3つ分のそれは、5畳ほどしかないこの部屋では大きな存在感がある。それらをさくっと片付けて、彼女は一伸びした。

「あ、徳川くん」

部屋の外を通りがかった徳川を、彼女の目は捉えた、そして、無意識の内に彼の名を呼んでいた。彼の足が止まり、彼の視線がこちらへと向いた。

「アイロン掛け、ですか?」
「うん。シーツだからね、パリッとさせた方が寝心地いいし」
「お疲れ様です」
「ありがとう。もう少しで終わるところなの」
「終わった後は、どこかに運ぶんですか?」
「うん、シーツ室に」

徳川は、部屋へと入った。そして、運ぶであろうそれの存在を確認した。
カゴ3つ分の、しかも一つ一つがかなり大きいこれを、彼女が運ぶのか。この宿舎には、エレベーターが設置されていない。この部屋がある1階から、シーツ室のある階までは、階を2つ上がらなくてはならない。きっと彼女はそんなに力がないから、3往復することになるだろう。

「シーツ室は3階、ですよね。ちょうど部屋に戻るところなので、手伝います」
「ホントに?ありがとう、徳川くん」
「いえ。茉莉さんが転んだりしたら、大変ですから」
「こ、転ばないよ!もう」

彼女がそう不平を漏らすと、冗談です、と言って彼は微笑んだ。

「たぶん10分も掛からないと思うけど、急ぎの用事とかはない?」
「大丈夫です」
「よかった。TVあるから、ソファーにでも腰掛けて見ててくださいな」

彼女がふざけて畏まった物言いをすると、彼はくすっと笑った。
ああそうだ。朋香ちゃんが言ってたこと、聞いちゃおうかな。特に、深い意図はなく、彼女はそう思い立った。

「そうだ徳川くん、ちょっと聞いてもいい?」
「はい。何ですか?」
「徳川くんに、好きな人が居るんだって噂があるんだけど、それって本当?」
「そ、それは」

ああ、やはり彼は嘘のつけない人間だ。彼女は、彼の表情から察した。

「居るんだよ、ね?そういう話、聞いたことがないから新鮮。それって、よく一緒に居る人?」
「は、はい」
「U17に参加してる?」
「はい。その、正式な参加ではないですが」

中学生は、例外的に来た。ああ、どうしよう、一致をしている。
聞かなければ良かったなぁ。そう思う反面で、解明したいと思う気持ちもある。ジレンマを抱える頭とは裏腹に、口は勝手に解明の方向へと向かってゆく。彼女は、アイロンを一旦置いた。

「年は、結構離れてる?」
「はい」
「一緒に居ると、楽しい?」

彼女の質問は全て、その対象の項目を満たしている。その事実に、徳川は気がついた。

「茉莉さん、もしかして、相手に検討がついているんですか?」
「う、うん。一応ね」

その言葉を聞いて、徳川は焦燥に駆られた。もしかして、彼女は気がついてしまったのだろうか。自分が、彼女を好きなのだと。

「徳川くん」
「は、はい」

ぐるぐると考えを巡らせていたとき、彼女の口から、思ってもいなかった言葉が飛び出した。

「越前くんが、好きなんだよね?」

徳川は、ただ驚いた。彼女は、徳川のその表情を見てはいなかった。否、見られなかった。

「大変だと思うけど、頑張ってね。応援、してるから」

ああ、泣きそうだ。捨て台詞のように、上っ面だけの応援をして、彼女はまたアイロンと手に取ろうとした。

「茉莉さん」

それを、彼の優しい声色が制止した。

「どうして、泣いているんですか?」

まだ、泣いてないつもりだったのに。目からは、液体が流れてきていた。徳川くんが、ほかの子にもあんな風に笑うのかと思うと、胸が痛い。優しい声色で話しかけるのかと思うと切ない。いっぱい言いたいことがあるのに、喉から絞り出されたのは、根底にあった感情だった。

「私、徳川くんが、好き、なの」

彼の方を見てそう告げると、彼は、目を見開いた。それはそうだ。長年、友人として仲良くしてきた相手に、こんなとこを告げられたのだから。
涙がつう、っと頬を伝った。彼女は、手の甲で目を擦った。ごめんね、シーツ運ぶのは、もういいから。そう呟いてから、部屋から出ようと立ち上がった。そうして、徳川の横をすり抜けようとした。

しかし、徳川は彼女の腕を掴み、それを制止した。彼女は手を振り払おうとするが、その手は離れようとはしない。二人は、一歩分ほどの間をあけて、向かい合って立っていた。

彼女は、息を飲み込みながら、ただ静かに泣いていた。時折小さく肩を揺らして、その感情を発散させる。しかし、それはなかなか治まろうとはしない。そんな彼女を真っ直ぐ見据えて、彼は少しだけ強い口調で主張をした。

「俺は、越前に恋愛感情なんて抱いていません」

そう言って、徳川は茉莉の手を自分の方へと引き寄せ、彼女を抱きしめた。

越前くんじゃない。ああ、勘違いだったのか。しかし、問題は恋愛の対象ではない。呼吸を整えて、彼女は震えた声で問う。

「でも、好きな人は、居るんだよね?」
「はい」
「じゃ、ダメだよ。好きな子以外に、こんなことしちゃ」

彼女は、徳川の胸を強く押した。しかし、徳川はそれを打ち消した。再度、彼女の肩を自分の方へと引き寄せる。

「好きな人だから、こうしているんです」

彼は、彼女を強く抱きしめた。その後で力を緩め、彼女の目を真っ直ぐ見つめる。

「あなたが、好きです」

それは、茉莉が今までに聞いたことのないほど、真剣な声色だった。しかし、彼女はそれを受け入れられずにいた。

「冗談、じゃ、なくて?」
「本心です」
「本当に?」
「はい」

彼は、彼女から視線を逸らさずにそう言い切った。どうしよう、と呟いてから、彼女は合わせていた視線を逸らした。どうしてと嬉しいが混ざって、困惑の色が彼女の脳を占めた。ぐるぐると感情が巡っているせいか、目からまた涙が溢れてきた。

茉莉さん。優しい声色で、彼が呼んだ。また目を擦って、彼女は彼を見上げる。

「俺が、あの人に、平等院さんに勝ったら、付き合ってください」

条件なんてなくても、いいのに。そうは思うが、これは彼なりのけじめなのだ。
泣きながら笑って、はい、と答えると、彼も笑った。

 


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テーマ「人外ファンタジー」
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