今年の合宿では、彼女は男子の方の手伝いに回されていた。その理由は、11月から男子の側が少し忙しくなるから、と聞いていた。しかし、まさか中学生がやってくるとは、思いもしなかった。高校生と違い、少し落ち着きのない彼らに振り回されながらも、彼女は雑用をこなしていた。
そうして、合宿が始まって2ヶ月が経過した。そんな今月、11月も、もう下旬へと差し掛かっていた。もう直ぐ12月となってしまう。そんな頃の、土曜日のことであった。
この合宿には、手伝いとして中学生の女の子たちもやってきている。毎週とはいかないが、月に一度、竜崎先生と一緒にやってきている。今日は、そんな彼女たちが来ている。
彼女たちが泊まる女子寮では、一人一人に個室が与えられている。しかし折角の機会だから仲良くしようと、彼女たちは夕飯後から就寝前まで茉莉の部屋に集まっていた。
そんな女の子の内の一人、小坂田朋香が、こう切り出した。
「徳川さん、好きな人が居るそうですよ」
「え、そうなの?」
風呂から上がってきたばかりの茉莉は、ストレッチをしていた。しかし、彼女の発言を受けて、体を元の位置に戻し、朋香の方を見た。
「はい。男子の中で噂になってるみたいで」
「朋香ちゃんは情報通だからね」
そう褒めると、彼女は可愛らしく、えへへ、と笑った。
「それで、どう思います?茉莉センパイ」
彼女は、手をグーの形にして、茉莉の口元に近づけた。
まるでインタビューをするかのようなその仕草を、茉莉は微笑ましく感じた。
「うーん、気になるけど、徳川くんの個人的な問題だからなぁ」
首を傾げて彼女を見ると、彼女は声を少し潜めた。
「私、ずっとある人のことだと思ってたんですけど……何か、そうでもなさそうな気がして」
「どういうこと?」
「徳川さん、リョーマ様のこと、好きなんじゃないかなって思うんです」
彼女は、目を丸くした。
「リョーマ様って、越前くんのこと、だよね?」
「はい!私の王子様こと、越前リョーマ様です!」
彼女はそうきっぱり言い切った。茉莉は頭を抱えた。同性愛に偏見がある訳ではないが、やはり違和感はある。そういう事と、徳川を結びつけることが出来ずにいた。
「でも、そんなことは……」
「ないって、言い切れます?」
茉莉は、徳川の言動を振り返ってみた。あまり他人に干渉したがらない彼が、初めから越前を気に掛けていた。確かに、少し不自然かもしれない。
「言い切れない、かも」
「ですよね?だって、リョーマ様のこと、よく練習に誘ってるし。普通に考えたら、中学生、しかも1年生を頻繁に誘うなんどー考えてもおかしいんです」
「でも、越前くんは中学生で一番強いかも、って言われてるし」
「でも、リョーマ様は徳川さんに負けてるんですよ。自分が勝った相手と頻繁に試合したって、プラスにならないんじゃ」
彼女の言うことにも一理ある。例えば、自分と違うプレイスタイルの相手ならば、多少の実力差があっても、実践慣れをするために相手をしてもらうことはある。しかし、越前は徳川くんと同じオールラウンダーだ。プラスにならない事はないが、他の人ではなく、越前を積極的に誘うメリットは、特に見あたらない。
「……まあ、本人の居ないところで考えても仕方ないし、今日はこの件はおしまいね」
「たしかに」
「でも、気になるよね。機会があったら、聞いてみよっか」
「はい」
「それで、朋香ちゃんと桜乃ちゃんは、その越前くんが好きなんだよね?」
二人の会話をただ聞いていた桜乃は、その言葉に顔を赤らめた。
「す、好き、って言うよりは、その」
「そうなんです!だって、リョーマ様、格好いいんですよっ!桜乃のこと、サッと助けたり、ヤな奴に1ポイントも与えずに勝ったり!」
どもる桜乃を遮って、朋香がハキハキとそう答えた。
「まるで、王子様みたいだね」
「そうなんです!王子様なんです、リョーマ様は!」
拳を強く握って、朋香は力説する。そんな朋香の声の合間から、桜乃が声を振り絞った。
「リョーマくんのテニスって、すごく綺麗なんです。だから、私もあんなふうになれたらいいなぁ、って」
「そうなんだ。私も、ちゃんと越前くんのテニスを見てみたいな」
茉莉と越前には、ほとんど接点はない。徳川と一緒にいるところをよく見ていたため、彼の顔と名前は覚えている。しかし、そのプレイをじっくりと眺めたことはなかった。
「そしたら、茉莉センパイもリョーマ様のこと好きになっちゃうかも」
「ない、とは言い切れないかも。だって、二人が好きになっちゃうくらいの王子様なんだもんね」
そう言って笑うと、二人は嬉しそうな顔をした。
楽しそうに彼の話をする二人に、茉莉は、過去の自分を重ねていた。私もそうだった。そうして、徳川くんに憧れた。でも、今は。茉莉は、スウェットの袖をぎゅっと掴んだ。
翌日の朝、茉莉は、徳川と越前が一緒に居るところを見た。テニスコートで、楽しそうに彼らはラリーをしている。楽しそうだなぁ、と思う反面で、悔しいなと思う自分がいることを、彼女は痛感していた。彼の愛するテニスで、私は彼とは向き合えないのだ。悔しく思う理由は、一つしかない。彼女は、恋愛感情の存在を、今更ながら認識した。
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