「徳川くん、おはよう」

不運なことは重なるものだ。
昇降口で、徳川は茉莉とばったり遭遇してしまった。
学年が違うためあまり会う機会はないはずなのに、このタイミングで何故。
彼は心中で舌打ちをした。

「おはようございます」

極力平生を装い、彼は挨拶を返した。
しかし彼女は、徳川の顔をじいっと見つめた後で、首を傾げた。

「何か、顔色悪くない?」

彼は、心臓が一瞬だけ跳ねたかのような感覚を覚えた。

「いえ、何も問題ありません」

声色はいつものもののはずなのに。
彼女との長い付き合いは、彼女に沢山の判断材料を与えてしまったようだ。

「いや、どう見ても真っ青だから」

彼女は真っ青と称したが、第三者から見れば、徳川の顔色は何の問題もないように映る。
しかし実際に、徳川の精神状況はいつもとは違っていた。

些細なことでも、彼女は察知してしまう。
徳川は、焦っていた。


「とにかく、保健室に」

彼女は徳川の手首を掴んだ。
しかし、その手は直ぐに離れた。否、離された。

徳川は、とっさに彼女の手を振り払っていた。

今まで受けたことのないその拒絶に、彼女は、目を見開いた。

その様子を知覚した彼は、ちくりと心臓が刺されたような感覚を覚えた。


「だ、大丈夫です、から」

彼女とは視線を合わせずに、彼はそう呟いた。

「そ、そっか!ごめんね、無理矢理連れてこうとしちゃって」

空中に滞在していた手を定位置に戻し、あはは、と彼女は笑った。
しかし、その表情に、いつものような明るさはない。

明るさを奪ったのは、自分だ。
また徳川は、心臓を刺された。


「それじゃ、また後でね」

そう言って、彼女は手を振り、自分の教室へと歩いていった。
彼女の笑顔には、やはり明るさが戻っていなかった。

徳川は、額を手のひらで覆った。

 


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