「ねぇ徳川くん。ちょっと屈んでくれる?」
彼女がそう言うと、彼の頭が地面へと少し近づいた。
彼女は、彼の頭に、何かを被せた。耳の辺りにふわふわとした触感がある。それは、白地のイヤーウォーマーだった。ヘッドフォンのように、頭頂部を経由して、両耳を覆うようなタイプだった。
「手袋貸してくれたお礼に、これ貸してあげる」
彼の綺麗な黒髪に、イヤーウォーマーの白がよく映えていた。
「茉莉さん」
困ったように彼女の名を呼ぶ彼に、彼女はいたずらっぽく笑んだ。
「徳川くんってカッコイイのに、こういうのも似合うんだね」
彼女は満足そうに徳川を眺める。徳川は、イヤーウォーマーに手をかけた。外した後で、茉莉の耳にちゃんとかかるように、彼女の頭にそれを付けた。
「こういう可愛いらしいものは、茉莉さんが付けていればいいと、思います」
彼女の目を見てそう述べてから、彼は目を少しだけ細めた。
イヤーウォーマーは、彼の声の音量を少しだけ下げた。しかし、彼女は内容をはっきりと聞き取っていた。ウォーマーが相乗効果を起こしたようだ。耳のあたりが、ひどく熱い。
可愛らしいものは、男ではなく女が付けろ。そういう総括的な意味だったのだろう。だから、自分に対して可愛いと言ったわけではない。そう理解しているはずなのに、変に意識してしまう。彼女はイヤーウォーマーを外し、また首に掛けた。
「付けないんですか?」
「うん。これ付けてると、声が聞き取りにくいし。ただでさえ距離があるのに」
縦にね。彼女はそう付け加えて、自分の頭の辺りから垂直方向に手を動かした。彼との身長差は、今ではもう20cm以上になった。
「茉莉さんは、小さいですからね」
「徳川くんが大きすぎるだけです。私、女子では大きい方だもん。底の高いローファーはいてくれば良かった」
「でも、これから公園に行くんでしょう?ベンチに座れば、あまり大差ないでしょう」
「それ、嫌み?」
「違いますよ」
二人は、小さく笑い合った。
「あ、徳川くん。今って甘いものって食べても平気?体重の調整、大丈夫?」
「大丈夫です」
「じゃ、ケーキ屋さんでケーキ買って持って行こうよ。ちょうどバイト代入ったし、奢るよ」
彼らの視界内には、地元では有名なケーキ屋が映っていた。奢ってもらうなんて申し訳ない。そう思った徳川は断ろうとしたが、彼女は徳川の腕を強引に引いて、ケーキ屋へと促す。彼女は、徳川が甘いものが好物であることを知っている。そして、彼が自分に気を遣っているのも知っている。それ故の、行動であった。ありがとうございます、茉莉さん。そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
彼女と話す度に与えられる感覚は、糖分とよく似ている。彼女と話をしているだけで、糖分が摂取されている感覚がある。糖分の摂取が過多にならないように気を付けなければ。
そう自分に警告をしたが、既に手遅れである事を、徳川はまだ知らない。
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