部屋は全て似たような構造をしているため、彼女に分かりやすいように、徳川はドアを開けておいた。
本に意識を取られていた時、ドアがコンコン、と鳴った。彼は、ドアの方向へと目を遣る。彼女が、そこで笑んでいた。
「茉莉さん」
「びっくりした?」
「少しだけ、驚きました」
彼の言葉に、彼女はしたり顔を浮かべた。
彼女は、徳川とは体一つ分ほど離れたところに、腰を下ろした。彼女は正座をして、バックの中に手を差し入れた。
「これ、課題」
彼女はB4サイズの茶封筒を取り出し、徳川に渡した。
「すみません、ありがとうございます」
「ううん。来る予定だったし、気にしないで」
そして彼女は、足を崩した。いわゆる女の子座りをしてから、また口を開いた。
「また、身長伸びた?」
「そうですね」
「今、何cm?」
「185cmです」
「いいなぁ、私もまた成長期来ないかなぁ」
彼女たちはそうして、雑談を始めた。
しかし、先ほどから自分の目を見ようとはしない徳川に、彼女は気がついていた。こちらに顔を向けているのに、視線が、合わないのだ。
そのとき、彼女の直感がフル稼働した。この感覚に、彼女は覚えがあった。半年前にあったことと、同じ流れを辿っている。あの時、手を振り払ったときの彼と、今の彼が、彼女の中で重なった。
「徳川くん」
もうあの感覚は味わいたくない。今度は、ちゃんと自分で、徳川くんから聞き出す。そう決意した彼女は、真剣な声色でこう切り出した。
「聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「合宿で、何かあった?」
その質問を受けて、彼の目が丸くなった。これは、何を言っているんだ、と言う目じゃない。何でそれを、と言っている目だ。
「何か、ですか?」
彼は平生を繕っていた。
「夏にも、同じことがあったじゃない?そのときも、こんな感じだったから」
ああ、また見抜かれてしまったらしい。女性の勘なのか、彼女の特性なのか。とにかく、もう内心を探らせる訳にはいかない。徳川は、あの時と同じように、焦燥感に駆られていた。
「そのときも徳川くんは、何も言わなかった。徳川くんは優しいから、私を気遣ってくれたんだよね」
彼女は、言葉を続けた。
「今も、そうなんじゃないかなって、思って。根拠はないけど。だから、その、上手く言えないんだけど」
言葉を詰まらせながらも、彼女は言葉を紡いだ。
「もし、辛いことがあったなら、吐き出して欲しい。徳川くんの力に、なりたいの。このまま、帰りたくない。ワガママでごめんね。もちろん、言えないことなら良いんだけど」
彼女は、会話の間、ずっと胸のあたりに上げていた手を、降ろした。
「出来たら、私のことも、頼って欲しい」
泣きそうな目をしたまま、彼女は徳川の目ををまっすぐ見た。
徳川の視界に、彼女のそんな表情が入ってくる。しかし彼はやはり、彼女の目を見ることは出来なかった。
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