茉莉さんが、自分の腕の中でもがく。徳川くん、やめて。涙声でそう訴える。
彼女の腕を取り、唇を重ねるが、その感触は、温もりは、ない。そういえば、抱きしめているのに、彼女からは体温を感じられない。

なるほど、これは夢か。

そう気がついた瞬間に、その映像は途切れた。

「夢、か」

彼は瞼を開け、夢から帰還をした。
夢の中は理性のきかないものだとは言う。
しかしまさか、異性とはいえ、彼女にそういった行為をするとは。

「俺は、何てことを」

布団から抜け出し、ベッドに腰をかけ、彼は力なくそう呟いた。

体が酷く冷えたように感じられる。
それは、布団から抜け出して外気に晒されたことだけが原因ではない。
血の気が引いてゆく感覚が、そうさせたのだろう。

彼は、両手の指を強く組んだ。


彼、徳川カズヤと、彼女、森下茉莉の関係は、なかなか形容しがたいものである。
近い言葉を当てるのなら【友人】が一番ふさわしいだろうか。

二人は、彼が10才、彼女が12才の時に、あるテニスクラブで知り合った。
彼は当時から現在と同様、大会は海外のものに参加していた。
しかし、長期休暇期間をを除いては、調整や練習は日本国内で行っていた。
そのため、学校やテニススクールも日本国内のところに通っていた。

それまで彼は有名なジュニアテニススクールに通っていた。
しかし、10才になった時、もっと環境のいい所に変えようと、あるテニススクールに移ることとした。

彼女は、そこに居たのだ。

彼がそのスクールに通うようになると、年の近い人が居なかったからと、彼女は彼によく話をかけた。
そこは日本国内でも名門と呼ばれていたスクールであり、居る人間は若くても高校生が限度であった。
それゆえ、彼女や彼の年齢前後の人間は居なくても当然であった。

彼も彼女も、スクールの中では浮いた存在だったのだ。

しかし、彼女は実はそのテニススクール自体には通ってはおらず、当時高校生であった兄の付き添いでそのテニススクールに足を運んでいた。

彼女も当時からテニスをやっていたが、実力は兄にも彼にも遠く及んでいなかった。
それでも、彼女は心底テニスが好きであったため、テニスを見ることを楽しんでいた。
そして、スクール生のプレイによく釘付けになっていたのだ。

だが、彼がそこに通い始めてから一ヶ月が経つと、彼女の視線は彼にのみ集まるようになった。

彼の実力は、当時から抜きん出ていたのだ。

彼に話しかける際に、彼のこのプレイがこうだった、このショットがこうだっただのと、彼女は彼に伝えていた。
彼女は本当に細かいところまでよく見ていたため、彼は彼女の話によく耳を傾けていた。

そして、いつしか二人は、彼のテニスについてだけではなく、テニス全般の話や、テニスとは関係のない話もするようになっていった。

彼女とテニスの試合など一度もしたことはないのに、いつの間にか彼女は、彼にとってスクールの中で一番仲の良い存在となっていた。
そして、彼女とはいい友人関係を築いてきた。


異性とは言え、そんな長い付き合いのある友人である。
そんなことをしては、いけないのだ。
彼は、深くため息をついた。

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