到着ー。茉莉はそう言って、歩みを止めた。

そこは高層ビルの1階にある小さなカフェであった。道路の向きに沿うかのように、横長に店舗を構えている。レンガで作られた外壁の間に、赤く塗られたのドアがある。その前に、二人は立ち止まっていた。どうやら、ここが入り口のようだ。

入り口は店舗の右側にある。入り口の周りの外壁はレンガだが、その周りを除いた全体的な外壁はガラス張りとなっている。そうして、店内の様子が外から見渡せるようになっていた。ガラス張りにすることで、無機質なオフィス街にも溶け込むような作りにしているのだろう。

入り口を開けて店内へと入ると、お決まりのフレーズで、人数を聞かれた。それに対し、彼女は愛想良く、二人です、と告げる。彼らは、窓際の二人掛けの席に案内された。

窓際ではあったが、店の立地と構造のおかげで、外の強い日差しは入り込まない。店内の冷房の効きもさほど強くはないため、なかなか快適な空間であった。

頼んだコーヒーが2つ到着したとき、彼女はこう切り出した。

「あ、そうそう。入江くんも、徳川くんに会いたがってたよ」

「入江さんが、ですか?」

入江とは、徳川の先輩であり、茉莉の後輩にあたる少年である。彼女の母校であり、徳川が現在通っている高校のテニス部の、エースだ。

入江と徳川は現在、同じ高校に通っていることもあり、面識があり、仲もいい。しかし元々、学年が違うために接点は少ない。それに加え、徳川は入江とは違い、テニス部には所属せず、専らテニススクールに通っている。そのため、二人がなかなか会う機会はないのだ。それを知っている彼女は、入江も誘っていた。

「今日一緒に来る?って言ってみたけど、用事があるみたい。残念だね、徳川くん」

気を遣ったつもりですか、入江さん。徳川は心中でそう彼に問いかけた。無論、答えなど返ってくるはずはない。

徳川は、彼女に恋をしている。その事実を、彼は知っている。その為か、三人で出かける話題が飛び出すと、彼は高い確率でそれを断るのだった。
本当に忙しいのか、気を遣っているのか。真偽は不明だが、徳川と彼女が二人で会った後日に、どうだった?といい笑顔で彼は聞いてくる。後者の可能性は高いだろう、と徳川は踏んでいた。

「残念じゃありませんよ、あの人にはいつでも会えますから」

先に述べた通り、徳川と彼は同じ高校に通っている。機会は少ないとは言え、廊下ですれ違うこともあるし、彼が徳川の元にやってくることもある。
しかもこの秋から、Uー17合宿というものが始まる。同じ宿舎で合宿をすることとなるため、ほぼ毎日顔を合わせることとなる。それ故、今ここで会う機会を作る必要などないのだ。

しかし彼女はもう、二人と同じ高校には居ない。高校2年である徳川よりも、彼女は2つ上である。現在、彼女は、高校を卒業した後、大学に進学をし、スポーツトレーナーになるべく勉強をしている。そのため、なかなか会える機会はない。
だから彼女はこうして、徳川に会う約束を取り付けたのである。

「うーん、そっか。男の子ってそうだよね。相手が元気って分かればそれでいい、って感じで」

「確かに、そうですね。茉莉さんは、違うんですか?」

「私はちゃんと会わないと不安だなぁ。やっぱり、ちゃんと会って、その人は元気にやってるんだって実感が欲しい」

徳川は、興味深そうに、へぇ、と相槌を打った。

「あと、会わないでいると、相手が記憶から薄れちゃうから、寂しくなっちゃうんだよね」

「そういうもの、なんですか」

女の人の感情は、なかなか理解ができない。しかし、彼女のことは理解したい、と徳川は強く感じていた。

「うん。徳川くんは、ちゃんと頭に残しておきたい。私にとって、パワーの源だからね」

幼少期から高校までテニスをしていた彼女にとって、徳川は、憧憬の対象であった。プロを目指せる立場にあって、今度は入江と共にU17合宿へと徴収されている。特別な存在である。そんな日本を代表するテニスプレイヤーになりうる彼と接することで、自身の夢であるスポーツトレーナーになりたいという気持ちは高まる。そんな感覚を、彼女は味わっていた。

「それは、光栄です」

ふ、と彼が小さく笑みをこぼすと、彼女もつられて笑った。いつもはあまり表情を変えない彼の笑みを見ることで、彼女の心拍数は加速していった。その状況を隠しながら、彼女は彼の目を見た。

「だから今回も、充電出来て嬉しい。時間作ってくれてありがとう、徳川くん」

そう言うと、彼の表情が少しだけ、堅くなった。そんな彼を、彼女はただ見つめていた。

「俺も、そうです」

その発言に、彼女は首を傾げた。

「茉莉さんに会って、話を聞くと、何だかリラックス出来ます。だから、俺にとって、この時間は必要なんです」

彼からの好意的な言葉に、彼女は目をぱちくりとさせた。

「ほ、本当に?」

「はい」

彼はまた笑った。照れくさそうに笑う彼を、可愛い、と思ったが、その言葉を飲み込んで、彼女は口を開いた。

「嬉しいなぁ、そう言ってもらえると」

ふふ、と彼女は嬉しそうに、照れくさそうに笑った。

ただ自分の気持ちを伝えただけで、こんな顔をしてくれる。その事実を視覚して、徳川の全身に熱が広がった。自分では確認が出来ないが、きっと自分も、彼女と同じように嬉しそうな顔をしているのだろう。
彼女がそこにいるだけで、自分の感受性は強くなっているようだ。恋の作用は恐ろしい、と徳川は戦慄した。


(終わり)

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