盆が終わり、9月の到来が近づく。今はそんな時期であった。朝から夜まで、汗ばむような陽気はまだ続いている。そんな残暑と呼ぶにふさわしい気候は、まだまだ終わる気配すらない。コンクリートで固められた街である都内のこの場所も、暑さを保っていた。

3時に、駅の改札を出て直ぐある階段を昇ったあたりで。

そう彼女、森下茉莉と約束した時間より10分も早く、彼、徳川カズヤは待ち合わせ場所に到着した。彼は改札を出て、目の前にある階段を昇る。

ふと右側に視線をやると、そこのは壁画が広がっていた。階段を昇り始めた頃には桃色の桜が、中間地点には緑色の竹林が、昇り終える頃には黄色の銀杏の木が目に入ってきた。絵画を楽しんでいる内に、段差は無くなってしまっていた。

さて、複合施設へのアクセスが容易なこの場所は、待ち合わせスポットとしてよく用いられている。故に、周りには、キョロキョロと周りを見渡す人ばかりが居る。彼も、その一人だった。

このあたりには、彼女は居ないようだ。まだここに到着していないのだろう。その事実に、徳川は安堵した。彼女を待たせることは、彼女の中に不快感を、彼の中に罪悪感を生み出す原因と成り得るためである。それを彼が避けたがる理由は、彼女が自分の先輩であるから、というだけではない。自分が彼女に対して持つ感情も、理由に該当をする。彼女は、彼の想い人なのだ。

彼は、駅の改札の方向をただ見下ろしていた。彼女は電車で来ると言っていた。そして、彼女はまだ到着していない。この駅の改札は一つしかないのだから、そこを見張っていれば姿を発見できるはずだ。

その時、あまり人が居なかった改札から、たくさんの人が出てきた。きっと電車が到着したのだろう。改札を出て、皆がエスカレーターや階段へとやってくる。もしかしたら、彼女もこの人波の中に居るかもしれない。彼は、目を見張った。

─ああ、居た。
彼女の姿は、直ぐに見つかった。視覚し、脳が対象を認識するよりも早く、胸の辺りがきゅうと締め付けられた。

茉莉も、直ぐに徳川の存在を視覚した。彼は身長が高いため、人波からは存在が分離していた。待ち合わせスポットと同じくらいに、彼は目立つ。彼女は、そんな彼に向かって、大きく手を振った。自分は彼とは違い、人波に埋もれてしまう存在だと認識しているためである。
そんなことをしなくても、俺はとっくの昔にあなたの存在を認識しているというのに。徳川は、クスリと小さく笑った。

茉莉は階段を昇り、徳川の元へとパタパタと小走りをして向かって行った。

「徳川くん、お待たせ」

「いえ、俺もまだ来たばかりですから」

「それなら良かった。待ち合わせ時間前に着いたはずなのに、って焦っちゃった」

予定よりも早く起きちゃったから、一本早い電車に乗っちゃってね。彼女のそんな報告に、俺もそうです、と彼は告げた。それじゃ、仲間だね。彼女はそう言ってニッと笑った。

そして彼らは、地上へと出るため、また階段を昇り始めた。ここを昇れば、道に出る。ここは大きな駅のため、たくさんの店が立ち並んでいるだろう。

「あ、それじゃどっかカフェにでも入ろうか」

「そうですね。立ち話もなんですから」

「徳川くん、コーヒーは好き?」

「はい、好きです」

「そっか。この辺に、コーヒーが美味しい喫茶店があるんだよ」

階段を昇り終え、地上に出た。その出口から少し逸れた所で、彼女と彼は立ち止まった。そして彼女は、あっちにあるの、と、その喫茶店がある方向を指し示した。

「少し歩くんだけど、いいお店なんだ。5分くらいかな」

「それは、楽しみです」

彼のその返事を聞いた彼女は、歩み始めた。彼女に合わせて、彼は彼女の半歩後ろをキープして同調した。

歩みは止めないまま彼の方を見て、それにしても、と彼女は切り出した。

「こうして会うのは、久しぶりだね」

「そうですね。久しぶりです、茉莉さん」

彼女はふと、徳川を見上げる角度が鋭利になったような感覚を覚えた。

「徳川くん。もしかして、また身長伸びた?」

「ええ、前回より2cm伸びましたね」

二人が前に会ったのは、今のような厳しい暑さなどなかった春である。もう4ヶ月も前のことだ。まだ成長期である彼は、どんどん空に近づいていく。

「そっか、また差が開いちゃったな」

茉莉は、手を徳川の頭部の辺りへと伸ばし、その地点から、自分の頭へと掌を着陸させた。こんなに差が出来ちゃったんだね、と、彼女は無邪気に笑った。

彼と彼女が出会ったのは、徳川は成長期に入る前の10才、茉莉は成長期に入ったばかりの12才の頃であった。出会った時は0に近かったが、時の経過と共に、彼女と彼の間には、差が広がっていった。

近づきたいと思うのに、どんどん遠のいてゆく。それに寂寥感を感じる事は、二人に共通している感情であった。

しかし、二人は何とか互いの存在に近づこうと、たくさんの会話を交わしてきた。それが、今の彼と彼女の関係に繋がっている。「いい友達」という今の関係は、温かくもあり、焦れったくもある。それは不思議な関係だった。

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