今日の天気は雲一つもない、快晴だ。
春と夏のちょうど間くらいのこの時期は、外の気温もちょうどよい。フェンスの外から、女子生徒たちが騒いでいる声が小さく聞こえてきた。
かなりの距離があるから、会話までは聞き取れない。しかし、楽しそうな様子は伝わってきた。

いつもは茉莉も、そんな女子生徒たちのように、友人と話をしながら昼食を取っている。

しかし、今日は可愛い後輩であり、憧れの存在でもある徳川に用事があったため、友人たちに断りをいれ、徳川を呼びだしたのだ。
入江も、彼女と同様であった。


茉莉がいつもは友人たちと使っているレジャーシートを鞄から取り出すと、入江と徳川は驚いていた。
女子の発想ですね、と入江は漏らした。
確かに、男子がレジャーシートを広げて昼食を取っている光景は、めったに見られないような気がする。
これでも女子だからね。そう彼女が返すと、二人は笑みを浮かべた。

コンクリートの床にレジャーシートを広げると、その上に3人は腰をかけ、弁当を広げた。

茉莉は、徳川の目を見て、こう切り出した。

「徳川くん。聞いた話によると、夢を見るのは、熟睡できていないからなんだって。つまり、快眠出来れば、一昨日のようなことはなくなると思うんだよね」

一昨日のこと、というフレーズに、徳川はどきりとした。
〈夢の中で彼女にストーカーをされた〉という言い訳でやりすごした件のことである。

夢の内容は違っていたとしても、夢を見たことは事実である。彼女の言うように、快眠出来ていなかったのかもしれない。
どうして一昨日、自分は普段のように眠れていなかったのか。
徳川は2日前の自分の行動を振り返った。


「もしかして。一昨日はスクールやジムには行かなかったので、あまり体が疲れてなかったのでしょうか」

一昨日はオフという事で、テニスをせず、自宅で筋トレのみを行っていた。

「じゃ、疲れてないと快眠できないってこと?」

「そうなのかもしれません」

それは、これからプロのテニスプレイヤーを目指す者としては、見逃してはおけないことである。
普段の分の疲労はその日の内には完璧に回復できないものである。そのためにオフの日を設けているというのに。その日に快眠出来ていないということは、オフの意味を為していないということになる。

「それは問題だよね。でね、入江くんと一緒に快眠方法を調べてきたんだ。よかったらやってみない?」

「は、はい。折角ですから」

素直だねぇ、徳川くん。
そう言ってからかう入江に、徳川は少しだけ鋭い目つきを向ける。そういう言い方はやめてください、と彼の視線は入江に訴えかけていた。

茉莉は、インターネットでプリントアウトしてきたらしい資料に視線を落としていたため、二人の無言のやりとりを見てはいなかった。


「まずは、睡眠環境を見直してみましょう、だって。リラックスして眠れる環境を用意するのがいいみたい」

「確かに、環境は大切だね」

入江はわざとらしく首を縦に振って、肯定をした。

「たぶん徳川くんは枕とか布団とかの睡眠環境は問題ないと思うから、匂いでリラックスさせるのはどうかな。アロマとかお香とか」

「アロマ、ですか」

「うん、抵抗がなければだけど」

「苦手な匂いはありますが、全てが駄目だという訳ではないので、問題ないと思います」

それはよかった。そう言って彼女は笑った。

「嗅いでみて、これがいいなって思うものがやっぱりいいんじゃないかな。この辺だと、四越デパートの中にショップがあるよ」

「ああ、確かにありますね。僕も見たことありますよ。女の子たちやカップルが、よく居ますよね」

入江のその言葉を聞いて、彼女は何かに気が付いたようだ。

「あ、でも、徳川くん一人だと、なかなかそういうお店って入りにくいよね」

最近は男のセラピストやセラピーの愛好家が増えてきたとはいえ、そういう店の客層はやはり女性が優勢である。入江の目撃証言も、それを証明していた。高校生の男子が一人で行くには、なかなかハードルが高いだろう。

何かいい手はないかと茉莉が考えていた時、入江が口を開いた。


「茉莉センパイ、今日の放課後って開いてますか?」

唐突な質問に、彼女は驚いた。

「今日は暇だよ」

いつもは友人に付き合って帰るのだが、最近は皆が恋人との放課後デートを楽しんでいる。そのため、一人寂しく帰路につくことが多くなっていた。
今日もそんな日になる予定であった。

「じゃ、徳川くんに付き合ってあげてくれませんか?」

話の流れから察すると、今日の放課後、徳川のためにアロマを選びに行けということなのだろう。

「えっと、それは、徳川くんさえよければだけど」

彼女は徳川の助けになるのなら、協力を惜しまないと気負い立っている。それ故に今回も徳川のために色々と調べてきたのだから、当然である。

しかし、徳川にそもそも時間があるのか、時間があっても自分と一緒に行くことはイヤではないのか。彼女は、その二点を懸念していた。

「俺は18時までは予定がないので、問題ありません。それまで、お願いしてもいいですか?」

茉莉の様子を伺うかのように、徳川はそう問う。
授業は16時に終わり、行く予定のショップは学校から10分ほどで着くから、買い物をする時間は1時間は取れるはずである。きっと問題はないだろう。

「うん、喜んで。入江くんは?」

入江は手のひらをひらひらと左右に振った。

「僕は徳川くんとは違って、部活がありますから」

徳川は高校の部活には入らずに、自主的にトレーニングをしている。それに対して、入江はこの高校のテニス部に所属している。
更に、部活の平日休みの日はバイトをしているため、土日以外はあまり暇がない。

「そっか」

自分よりも入江の方がいいアドバイスを送れるだろうと考えていた彼女は、少しだけ気落ちした。

「でも僕も興味あるんで、徳川くんと同じ匂いのやつを買ってきてもらえませんか?」

何の興味だろうと疑問に思ったが、彼女は、うん、分かったと快諾した。

茉莉に気づかれないように、入江は徳川にウインクをした。受信した徳川は、少し困ったような表情を浮かべた後で、入江に会釈をした。

 


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