「レンさん。今日は、メンバーのみなさまにはお会いしましたか?」

その言葉を受け、彼は今日の自分の行動を振り返った。

「いいや。朝には誰も事務所に居なかったし、ファンクラブイベントは昼から夜まであったからね。ついでに、電話もメールももらってないよ」

その悲しい出来事を聞いて、何故か彼女は安堵の表情を浮かべた。

「よかった。実は、皆様には二つ、お願いをしていたんです。21時まで、レンさんの誕生日を祝わないでほしいと。それと、私が用意したレコーダーに、30秒ずつずつ誕生日を祝うメッセージを吹き込んで欲しいと」

その依頼内容を聞いて、自分の悲しい現実は、ただ脚本通りに演じられたものであったことに、彼は気が付いた。

「やけに薄情だなと思っていたら、そういうからくりだったわけだね」

はい。脚本家である彼女は、再び楽しそうに笑った。

「本当は、皆様をここにお呼びしたかったんです。しかし流石に、みなさまアイドルなのでそれは難しかったんです。なので、シャイニング事務所にお願いをして、レコーダーにメッセージを吹き込んで頂きました。レンさんに言いたいことを30秒ずつ、計3分ですね」

その計算に、彼は少し引っかかる点があった。

「俺たちは6人グループだから、俺を除いたら5人だろう?3分、というと、誰か違う誰かが入っているのかな?」

そう問うと、彼女は彼の発言を肯定した。

「春歌さんもあなた達の一員でしょう?皆様に楽曲を提供していますし、何より、メンバーである真斗さんの、将来の花嫁ですから。メッセージを吹き込んで頂きました」

春歌、というのは、シャイニング事務所に所属している作曲家の七海春歌のことである。シャイニング事務所にいるアイドルの楽曲の作曲を行っている。
彼女は、彼を含むグループのメンバーとは同じ早乙女学園を出ており、彼らの同窓である。その繋がりから、彼が所属するグループの出す曲の作曲も担当していた。そして彼女は、グループの一員である聖川真斗の恋人でもある。

「なるほど。それで、そのメッセージとやらは何処にあるんだい?」

部屋の中に、音楽プレイヤーらしき存在は見当たらない。彼は、所在地を聞いた。

「それは、チョコフォンデュを楽しんでからということで」

そう告げると、彼女は機械にチョコレートを流し込む。流し終えると、準備完了をした旨を彼に伝えた。

「それじゃ、早速やってみようかな」

「右側に電源ボタンがありますから、それをオンにしてください」

了解。そう言って彼は、スイッチに手をかけた。カチッという音を立て、スイッチを押す。すると、モーターの音に混ざって、人の声が聞こえてきた。

えーえー、マイクのテスト中。この声は、彼の居るシャイニング事務所の先輩であり、取締役も行っている、日向龍也の声であった。

これから、みんなでハッピーバースデーを歌うぞ。いちにのさん、はい。龍也がそう言うと、数人で歌うハッピーバースデーが流れた。数人の正体は、同じグループの彼らと、龍也であった。

レンは目を見開いた。そして、彼女の目を見た。したり顔をする彼女を見て、彼は大体のことを察した。

「ねぇレディ。中から、声がするんだけれど。まさか、これ」

「チョコフォンデュを作る機械の中に、小型の音声再生機を入れたんです。電源を入れると、声が流れる仕組みです」

返ってきた答えは、彼の推理が正解であると告げていた。
彼女は、先に挙げたとおり、楽器の製造会社を中心に行っている会社の重役である。きっと、他の社員に協力を仰いで、この装置を完成させたのだろう。その行動力に、彼は感心をした。

「やってる間は、ずっとみんなの声が流れてるって訳だね」

その指摘に、彼女は、あ、と声を漏らした。

「音声のオンオフ機能を付けるのを、忘れていました」

彼の指摘で、この製品の欠点に気が付いたようだ。そんな彼女に、彼は小さく笑みをこぼした。

「いいよ、これはこれで楽しいじゃないか」

そう言って彼女に、ね?と同意を求めると、彼女は小さく頷いた。

彼は、彼らのハッピーバースデーの後に流れてきたメッセージに耳を傾けていた。聖川のメッセージの時には少しだけ眉を顰めたが、彼から向けられた祝いの言葉も、他のメンバーと同様に、静かに聞いていた。

聞き終わって、また始めに戻ったとき、彼女はこう漏らした。

「これ、改良して商品化したら売れそうじゃないですか?吹き込んだ音声や音楽を流しながら、チョコフォンデュを楽しむ。ちょっとしたパーティや結婚式に、適してますよね」

どうやら、この製品の開発をしている内に、彼女のハートには火が付いていたらしい。目を輝かせてそう彼に問いかける彼女に、彼は小さくため息をついた。

「はいはい。キミはいい加減、そこから離れようか」

今は、ビジネスの場じゃないだろう?そう言って彼女の肩を抱くと、彼女は視線を落とした。

「あ、すみません、つい」

そう謝る彼女の頭に、彼は手を置いた。
言葉はないが、彼の手の平とその表情は、いいよと許しのフレーズを奏でていた。彼女は、そういう人なのだ。だからこそ彼は、彼女を好きになったのだった。


 


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