今、業績が悪いのはあの部門とあの部門であったはず。決算書を見た限りでも、そうであることが分かる。ならば、その二つの部門を立て直すためにも、聖川家とこの分野で契約を結ぼう。

「私」という人間がメリットを得るために動くことは、ない。私はCIOとして生きる。そう決めたのだから。他に割く労力について考えている暇があるのなら、自企業のことを考えなくては。彼女は、机に広げた決算書の一つを拾い上げた。

「幸せそうだったな」

しかし、彼女の頭からは、ある二人の笑顔が離れようとはしなかった。今日会ったあの二人、聖川真斗と七海春歌の笑顔が。

葵にとって、衝撃的だったことは、婚約破棄されたことよりも、彼があのように笑うようになったことであった。何年か前に葵が見た彼は、表情などない人形だったのだ。

葵は、書類をまた机の方へと投げた。
座っているソファーに、ごろんと葵は横になった。

私は今、幸せか。そう聞かれれば、幸せであり、且つ幸せではないと答える。成功している起業の娘として生まれ、両親からは愛されてきた。今は、次期社長として、将来を約束されている。
それは、聖川サマのように強いられたものではない。父は私に一般人として生きろと提言をしていた。しかし私はそれを拒み、幼少期から経営学を学んできた。私に出来る限りの努力をしてきた結果、跡継ぎとして周りに認められるようになったのだ。

私は、人を疑わない純粋な性格の父が好きだ。そんな父を慕う社員さんたちが好きだ。彼らに何かがあった時に、ただ指をくわえて見ているだけの存在にはなりたくなかった。その結果が今である。

聖川サマが幸せになるのは喜ばしいことである。しかし私は、それを100%の善意のみで祝福できる人間ではない。私は父ではない。私が、私の会社が、そのせいで振り回されるのならば、やはり悪意は善意を上回るようになる。あちらに多く非があるのに、私は不幸であちらは幸福だなんて、そんな不合理な話があるか。

ああ、私という人間は、たった一つ、上手く行かないだけでこんなにも振り回されるのか。自分の無力さを痛感し、私は机に頭を乗せた。

やはり、私では会社を維持する事なんて無理なのかもしれない。

今回出た損失は、実際はかなりのものであった。取り返すには早くても半年、最悪2年はかかる。
私が婚約の話を引き受けなければ。こんなに大きなダメージを受けることはなかったのだ。幸せではないのは、自分のせいでこんな事態を招いてしまったためである。
そして、自分のこんなつまらないプライドで、聖川財閥に全面的にカバーしてもらうことも放棄した。

彼女はソファーに仰向けになり、ソファーに顔をうずめる。ごめんなさい。そんな謝罪の言葉を、ソファーに埋めた。

涙は出ないが、惨めで仕方ない。
惨めな気持ちは、どう晴らすものだったか?自分の中に入れておけないほどの物は、何処に隠せばよいのだろうか?
誰にも見つからない場所に埋めて、処理できる時まで隠しておく。きっとそれがいいのだろう。しかしそれは、何処にあるのだろうか?ぽやんとした意識の中で、考えを巡らせてみた。何も浮かばない。ああ、どうしようか。

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