テニスボールが、見たこともない動きを見せていた。
それを難なく打ち返し、コートの中に居る二人はラリーを続けている。

悠里の脳裏に浮かんでいるこの光景は、先ほど、手塚と幸村が行っていた試合のものである。

ああ、これが、このレベルに到達することが、彼とテニスを続けるための必要条件なのだ。
私はここにたどり着けるのか。
たどり着けなかったら、どうなるのか。
きっと、一緒に練習をすることはなくなってしまう。
ああ、置いてかれるのは、イヤだ。


悠里は、テニスバッグが肩から落ちないように添えている手に、力が加えた。ぎゅう、と握りしめると、バッグの生地が手に食い込む。
その痛みが気にならないほどに、彼女は焦燥を感じていた。



そもそも、悠里がテニスを始めたのは、大好きな幼なじみである幸村と、一緒に時間を共有するためであった。
彼がテニスを始めた事で、一緒に遊ぶ時間が減った。前のように遊ぶには、同じ事を始めればいい。そんな簡単な動機だった。
だが、上手になれば彼は喜んでくれたし、それだけ一緒に練習出来る時間も増えた。彼女はただ、幼なじみと一緒に、多くの時間を過ごしたかったのだ。

しかし、今日彼女は、彼と自分がひどく遠い所にいることを痛感してしまった。


もしこのまま、レベルに差が出来たままになってしまったら、私はもう彼と一緒にテニスが出来なくなってしまうかもしれない。
こんなレベルの選手と、一緒に打つ価値はないと見なされてしまうかもしれない。


悠里は、その状況の到来を一番恐れていた。大切な幼なじみを、失いたくはない。そう願っているからである。

確かに、そんな時がいつか来るかもしれないと思ってはいた。しかし、こんなに早くその時が来るとは。

絶望した悠里は、気がつけば、自宅の近くにある、壁打ち練習用のボードの前に立っていた。

ボードの近くに立っている時計で時刻を確認すると、日没までは、あと2時間あった。
あのイメージを失わない内に、練習を、しなければ。

悠里は、ラケットのグリップを強く握りしめた。


イメージをなぞるように打ってみる。しかし、打てども打てども、あの試合のレベルは、今の自分には遠く及ばないものと痛感するばかりであった。そして、あのレベルに到達している自分のビジョンが、悠里の脳には全く思い浮かばなかった。

私はどうしたら、あれに到達できるのか。あれに到達するのに、どれくらいの時間を要するのか。
検討がつかない。それは、実現が不可能だということなのだろうか。


悠里は、唇を強く噛んだ。

打ち損なって、床にどんどんと散らばってゆくテニスボールが、悠里の視界に入ってくる。
それは、あのとき、二人が使っていたものと同じ物体とは到底思えなかった。


悠里は、その場に座り込んだ。


立ち止まってなんか居られないのに、自分は一歩も進めずにいる。そんな自分が、ひどく惨めに感じられる。

置いて行かないで。
言葉でそう言ったところで、何の効果もないことがわかっている。だから、ただ彼らを追いかけるしかないのだ。
しかし今は、背中も見えない。やはり、どう足掻いても追いつけないのだ。


彼女は声をあげずに、ただ、泣いた。



悠里はその後、県内のテニス大会で優勝をした。

しかし、試合を通して、あのときの幸村たちのレベルには、全く到達出来ていない事を、痛感していた。
そして、到達する見通しも未だに立っていなかった。


置いてかれるのなら、そして、いつか捨てられるのならば、早い内に自ら放棄した方が、まだダメージは少ない。
そして、テニスをする以外の方法で、彼らと一緒に居る時間を作ろう。また新しく、私の存在価値を見いだせばいい。

テニスは、私にとって、さほど大切なものではないのだから。


そうして悠里は、テニスから逃げたのだった。

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