幸村と真田は、試合を終え、会場を出ようとしていた。
試合観戦に来ていた幼なじみの姿を探すが、見あたらない。約束はしていなかったから、先に帰ってしまったのかもしれない。会場を出るまでに出会えたら、合流すればいいだろう。そんなことを思いながら、彼らは会場の出口へと歩いていった。

すると、ふと、彼らの前に人が立ち塞がった。

想定外の存在の登場に、思わず二人は立ち止まった。

それは、同じくらいの年の、眼鏡を掛けている男子だった。肩には、ラケットバッグをかけている。

彼ら二人を睨みつけるような鋭い視線を、彼は送ってくる。

「幸村、真田。試合は見せてもらった」

彼は、とても落ち着いた物言いでそう述べた。更に、彼は言葉を続ける。

「俺と、試合をしてくれないか」

そう言うと彼は、肩に掛けたラケットバッグをまた掛け直した。

「いいよ」

幸村は、笑顔で応じた。

「キミは、この大会に出られなかったって訳じゃなさそうだからね。本当なら、キミと試合が出来るはずだった。そうだろう、手塚国光君」

その言葉に、彼、手塚国光の瞳が揺らいだ。

「俺を、知っているのか」

幸村と真田は、同時に頷いた。

「名前はよく聞くよ。それに、顔もよく見る」

「一度も試合をしたことはなかったがな」

手塚国光。全国区のジュニア選手に「日本で一番強いジュニア選手は」と問うと、必ず名前があがる選手だ。
もちろんその際には、真田や幸村の名も挙がる。しかし、全国で一番強い小学生を決めるこのJr.選手権に一度も出場していないにも関わらず、名が挙がるのは彼だけだ。

彼は、東京都内の小さな大会に現れ、圧倒的な実力を見せつけるように、その大会にいる優勝候補をあっさりと倒す。彼はそうして名を知らしめてきたのだ。

「ああ。あまり大会には出ない主義でな。しかし、中学に入る前に一度、お前たちと手合わせをしてみたかった」

「どうして、Jr.には出なかったんだい?」

実力は十分にあるはず。そして、参加出来ないような用事があるのならば、この会場には居ないはず。
では何故参加しなかったのか。当然生じるその疑問を、幸村はぶつけた。

「それを答えることに、意味はないだろう」

まぁ、それもそうか。試合をするのに、相手の事情を理解する必要はない。そう納得をした後で、幸村はまた笑った。

「真田との試合も楽しかったけれど、キミとの試合も、なかなか楽しめそうだ」

「退屈はさせない。そのつもりだ」

手塚のその言葉に、幸村と真田は、ニヤリと笑った。
全国のトップにいる自分たちを前にして、この自信。
これが、あの手塚国光なのか。

二人は、心を奮い立たせていた。


「そうだ。コートはどうしようか」

ふと現実に還り、幸村は手塚にそう問う。
試合を申し込んできたからには、なにかツテがあるはずだろう。

「この会場には、自由に使えるコートがあるだろう」

手塚のその言葉に、幸村は頭の中にある場所を思い浮かべた。

「ああ、確かに。解放されているところがあったね」

「大会は終わった。この時間帯ならば、ほとんどの人間は帰っているだろう。誰も使っていないだろうな」

真田もそう納得をした。

では、行くか。そう呟き、手塚は歩き始めた。
二人は、手塚の後ろについていった。


テニスコートには、誰の姿もなかった。
ここは決勝を行ったコートからは離れているため、周りを通りかかる人も居ない。

三人はテニスバッグをコート横にあるベンチに置くと、ウォームアップを始めた。

すると、幸村の直ぐ横でウォームアップをしていた真田が、こう切り出した。

「精市、まずは俺から試合をさせてくれ。俺が手塚を倒せば、わざわざお前が出る幕もなかろう」

その言葉に、幸村は愉快そうに笑った。

「真田ってば、独り占めする気かい?ずるいなぁ」

からかうようなその物言いに少し気を悪くしたのか、真田は少し声色を下げて言い返す。

「こういうものは、実力が下位のものから行うものだろう」

今日の大会で、二人の実力差は現された。
準優勝は確かに立派な成績ではあるが、優勝者には力が及ばなかったということも示すものである。

真田のその発言を受け、幸村は眉尻を下げた。

「真田がそういうのなら、そうしようかな。俺は審判をしてるよ」

ウォームアップを終えた幸村は、審判台へと歩いていった。

それに伴うかのように、手塚はコートへと入った。
真田も、コートに入る。

幸村のコールで、試合が始まった。

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