悠里は、すっぱりとテニスをやめた。
通っていたスクールに話をし、9月になると同時に、スクールから去った。

平日の夜は友達と電話やメールをし、土日は外へと遊びに行く。いつも彼女と一緒に外に出ていたラケットは、新しく、留守番係に任命されたのだった。部屋の隅が、ラケットの定位置となった。

友達と遊びに出かけ、お喋りを楽しむ。今まで出来なかったことをする事は、とても楽しかった。しかし何故か、彼女の心の中には、常に空虚があった。
そして、一日がとても長く感じられた。テニスをしていた時は、いつの間にか一日が終わっていたというのに。きっと、まだ環境に慣れていないだけだ。彼女は、空虚の存在を無視して、新しい生活を続けた。


悠里がテニスをやめてから、半月が経った頃。その日は日曜日であった。友人たちと近場のショッピングモールで、ウインドウショッピングを楽しんだ。日が暮れた頃に、彼女は帰宅をした。

自室へと戻り、ベッドへと飛び込む。そして部屋を何の気なしに見渡した。すると、彼女の中に、大きな違和感が生まれた。

その原因は、ラケットであった。部屋の隅に置いていたラケットが、無くなっていたのだ。ラケットの後ろに置いておいたラケットバッグも、無くなっていた。

自分はあの日以来、ラケットに触れていない。なのにどうして無くなってしまったのか。不思議に思った彼女は、周辺を捜索した。しかし、見つからない。

悠里は居間に出て、物探しの名人である母に声をかけた。
母は、アイロンをかけていた。

「お母さん、部屋に置いてあったラケット知らない?」

「あんた、テニスやめたんでしょ?ちょうどラケットが欲しいって言ってる子がいたから、あげちゃったわよ」

視線を彼女の方に向けることなく、母は淡々と述べた。

「えっ」

何でそんなことを、と言うフレーズが、悠里の頭に浮かんだ。しかしそれは瞬時に、彼女の理性によって封じ込まれた。母のした事は何も間違ってはいない。あのラケットを母に頼み込んで買ってもらったのは、自分がそれを使うからだ。今では使われなくなったものを、有効に活用しようと母が考えるのは、自然な流れだ。自分がラケットを持っていることに、意味はない。

分かった、と母に告げて、彼女は居間から出ていった。


悠里は自室に戻り、またベッドに倒れ込んだ。
ぼんやりとした意識の中で、部屋の隅をただ見つめていた。

部屋にラケットバッグがないだけで、こんなに違和感があるなんて。それに、部屋が広く感じられる。確かに、私のラケットバッグは大きかった。でも、理由はそれだけなのだろうか?

考えても、仕方のないことだ。きっとラケットは、新しい持ち主の所で、楽しく暮らしている。そうポジティブに考えてみたが、気持ちは寧ろ落ち込んでいった。どうしてだろう。悠里は、首を傾げた。

そうこうしている内に、夕飯の時間になったようだ。ご飯よ、と台所から声が聞こえてきた。彼女は疑問を放り投げて、自室を出た。

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