素晴らしい噂を聞いた
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「ワカメ王子?」

何言ってるの、バカなの?彼女の表情がそう彼、白石蔵之介を罵倒する。彼女はここ、四天王国の王の娘、つまりは姫君と呼ばれる存在の、灯という。しかし、一般的な姫のイメージとは、彼女は遠い。それは彼女が、質素な格好を好むからだ。きらびやかなドレスを持っていても、彼女は日常的にそれを身につけることはない。今日も、町の娘が着るような一般的な洋服を着ている。

「おん。立海王国の次期王やって言われてた王子が、ワカメに囲まれて眠っとるらしいで。今年で3年目やっちゅー話や」

立海王国。それは、この大陸において、最強とも唱われている国だ。軍事、経済のどちらの面に置いても秀でており、国内の治安もよいらしい。そんな国の王子が、どうにも平和とは言い難い状態にある。彼女は、それが気にかかった。

「どうしてそうなったの?意味が分からないんだけど」

彼女は、頬杖をついた。

「長くなるんやけどええ?飽きひん?」
「うん。飽きるまで聞いておくね」

にっこりと笑う彼女を見て、白石は苦笑した。


ーこの国の隣にある強国、立海王国に、18年前に王子が生まれた。次期王となる王子の誕生を聞き、国中が祝福するムードに包まれた。王子は、赤也、と名付けられた。

王子が皆に愛されるよう、大切に育ててゆこう。そうして王は、王子誕生の祝宴を開き、魔法使い12人を招いた。実際には国内には13人の魔法使いが居たが、13は不吉な数と捉えられていたため、一人を省くこととなった。

祝宴では、12人の魔法使いが、王子が将来幸せとなるように、数々の魔法をかけた。一人は王子に美貌を、一人は王子に剣術の才を与えた。そうして11人が、王子に魔法をかけ終わったときであった。招かれなかったことを怨んだ、残りの一人の魔法使いが現れ、王子に向けて呪いを飛ばしたのである。王子が15才になる前に、ワカメという言葉を聞いたら、その瞬間に王子はワカメに首を締められて死ぬ。そういった内容のものであった。

その呪いは効力が強く、打ち消すことは出来ない。だから、死という結果が来ないよう、呪いを和らげるようなものを掛け直すしかない。そう12人目の魔法使いは判断した。15才になる前に王子にワカメという言葉を聞いた場合には、ただ眠り続けるだけ。そう唱えた。

王は、彼がワカメという単語を聞くことがないよう、彼をある塔へと幽閉した。そして、最小限の人物との接触のみを許した。その人物に、王子の教育をさせた。そして王子は、14才となった。

彼はある日、とあるきっかけで、ワカメを目にすることがあった。昆布とは違う、その正体を彼は知りたがった。しかし彼の周りの人間は、あれは昆布です、と誤魔化すばかりであった。それが嘘であることを、王子は見抜いていた。

それは、彼が15才になる前日に起こった。彼が一日の大半を過ごす、彼の私室に、見慣れない物体があった。それは、海産物の図鑑だった。彼は導かれるように、それを開いた。一つ一つを調べ、彼はその正体を突き止めた。ワカメ、って言うのか。そう彼は呟いた。そう、ワカメという単語を、彼は自分の口で発してしまったのだ。彼の耳は自信の声を捕らえた。その瞬間、大きな眠気が彼を襲った。彼はそのまま、部屋のベッドへと倒れ込んだ。そしてその塔は、多くのワカメに覆われ、誰も入ることの出来ない要塞へと化したのであった。


「姫、笑いすぎやろ」

姫の笑い声は、途中から話のBGMと化していた。

「だって、あまりにも現実離れしてて」
「せやかて、事実やで。誇張も全くあらへん。王子の側近に聞いたからな」
「そうなんだ」

姫は目元を伝う涙を拭った。

「ねぇ白石。眠ったままの人間って、どういう状態なの?」

彼女の笑いが絶えた後、今度はそんな質問が彼女から生じた。

「どうなんやろなぁ。ミイラなんとちゃう?」
「でも、ミイラになるのは死んでるってことじゃないの?心臓が動いたまま、脈を打って、血が循環してるなら、体はたぶん、腐らないと思うけど」

彼女の指摘に、白石は頷いた。

「ああ、たしかに。ほんなら、植物状態みたいな状態なのかもしれへんな。人形みたいな感じやろ、たぶん」

その言葉に、彼女がぴくりと反応をした。白石は、どきりとした。彼女は、幼少期から人形を収集し、それを鑑賞することに没頭していた。だからといってまさか、そんな事は。しかし、白石のその予感は的中してしまった。

「見てみたい」
「へ?」
「その、ワカメ王子って、すごく綺麗なんでしょ?」

彼女の瞳が、キラキラと輝き始めた。ああ、また厄介な事が始まりそうやなぁ。白石は、心中で溜息をついた。

「あそこは王も后も綺麗やし、更に王子は、魔法使いから祝福を受けたからな。容姿はええやろ、相当」

その言葉に満足したようだ。彼女は、ニッ、と笑った。

「どうにかして、その王子を見る方法ってないの?」
「王子が眠ってから3年、今まで塔にたどり着いたモンはおらんらしいからなぁ。塔にいけへんような、変な呪いでもかかっとるんとちゃう?」

そうでもなければ、あの精鋭揃いの王子の側近たちが、王子をそのまま放っておいたりせんやろ。白石は、側近たちの姿を思い浮かべながら、そうぼんやりと考えていた。

「呪いかぁ。白石は毒手持ってるんだし、毒を持って毒を制せないの?」

白石は苦笑した。

「姫、無茶ぶりにも程があるわ……」
「冗談なのに。じゃあとりあえず、詳細調べてきてくれない?気になるから、ワカメ王子のこと」

自分は彼女の側近なのだから、彼女の頼みを断る訳はない。白石は、おん、と返事をした。

「ちょうど立海国の柳が来とるし、聞いてみるわ」
「うん、楽しみにしてるね」
「ほな、いってくるわ」

そうして白石は、彼女の私室を後にした。



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