(食べられるのは、お前だろ)「最近さぁ、アユムのジャケットで、女の子が女の子を押し倒してるヤツあったじゃない?あれ、ちょっと試してみたいんだけど」 撮影が終わった後、カメラマンさんがそう話しかけてきた。俺と、彼女、つぐみに。 アユムとは、今売れに売れている女性アーティストだ。若い女子のハートを掴む歌詞で歌われる歌だけではなく、人形のように綺麗な容姿を用いて撮られるジャケットも、高く評価されている。 「誰と誰とでですか?」 彼女は、首を傾げた。 「話しかけてるあなたたち二人に決まってるじゃない」 カメラマンさんは、俺たちを指さした。そうだろうな、とは思っていたが、少しだけ例外を期待していた俺は、肩を落とした。 「まぁ、ただの趣味だから。あんまり気負わなくていいわよ」 「はーい。そういうの好きですよね、鈴木さんって」 カメラマンさん、もとい、鈴木さんが、口元を緩めた。 「うん、大好き。今度どんなの撮ろうかなって考える材料になるし。さーて、どっちを上にしようか」 カメラマンさんが、うーん、と悩んでいる。俺は、どきりとした。ゆいを演じているとは言え、女を押し倒すのはこっぱずかしいものがある。 「じゃ、私、上乗ってもいい?」 「あ、ああ」 とぎまぎしていると、彼女がそう提案をしてきた。あ、ああ。そう返事をすると、じゃ、決まりね、と彼女が言った。どっちでも気まずいけど、その方が、変に意識することもない、かもな。 「その場合だと、つぐみちゃんが覆うようにした方がいいかも。身長差あるから、乗っちゃうと何かゆいちゃんが可哀想に見えちゃうし」 暗に小さいと言われたことに、少しだけ腹が立った。でも俺は笑顔で、そうですね、と答えた。 「了解です!よーしゆいちゃん、横になって」 「お、おう」 俺は、ソファーに横になった。そんな俺の体を挟むように、彼女は膝を置いた。そして彼女は、カメラマンさんが居る側の髪を、耳にかける。あまり見ないその仕草に、ドキッとした。その後で彼女は、俺の顔の両サイドに手を置いた。彼女の長い髪が揺れる。俺は、彼女の瞳を、じっと見た。彼女も、俺の瞳を捕らえていた。 シャッター音が、鳴り止んだ。早く体勢を戻そう。さすがにこれは、心臓に悪い。 そう思ったとき、彼女がそんな俺の肩を押した。俺は、再びソファーに横たえられた。 彼女は、楽しそうに笑っていた。彼女は、片手を俺の顔の横に置いた。そして、空いた方の手で、俺の髪を少し持ち上げて、口元にもってゆく。ああ、綺麗だな。俺はただ、彼女に見惚れていた。カシャ、と、またシャッター音が鳴り響いた。 「こらこら、勝手なことしないの」 カメラの横から、カメラマンさんが顔を出す。 「えへへ、つい」 彼女は、カメラマンさんの方を見やった。 「まぁ、撮っちゃったけど」 その言葉に、彼女は満足そうに笑った。 「折角だし、色々試してみた方が楽しそうだなぁって思って」 彼女は、俺の髪を解放すると、ソファーから降りた。そして、まだ寝ころんだままでいる俺に、手を差し伸べる。俺は体勢を直してソファーに足を投げ出して座ってから、その手を取った。これ、普通は立場が逆だろ。そう思ったけど、サンキュー、と礼を言っておいた。 「ゆいちゃんも、いい表情してたしね」 「可愛かったですよねー。私が男だったら、食べちゃいたいくらい」 彼女は、俺を後ろから抱き締めた。肘で彼女の脇腹をつんつんとつついて反抗してみたけど、彼女はやめようとはしない。抵抗をやめると、彼女はより強く抱きついた。 ← × |