何となく知りたいんです。
高校に入学してから直ぐの、初夏のこと。私はいつものように、家の手伝いをしていた。家の手伝い、というからには勿論、我が家は自営業だ。私の親は、葬儀屋を営んでいる。大きな企業ではなく身内でひっそりとやっている商売だからか、従業員の数は両手で足りるほどしか居ない。難しいコトバで言うと、レイサイキギョウ、というそうだ。とにかく、一つ大きな仕事が入ると、もうてんわやんわになってしまう。それが我が家の仕事事情だった。


私は、小学生の頃から手伝わされていたため、当時から、葬儀に関する知識だけは頭に刷り込まれていた。将来、特にやりたいこともない。そして、跡継ぎが出来るのは私くらいしか居ない。兄も弟も居るけれど、兄は周りの反対を押し切って薬剤師を目指しており、弟は私とは年が8も離れている小学生だ。周りを安心させるためにも、弟が成人するまでの間は私が会社の一員として頑張る必要がある。そのため、私は高校を出たら、自分の家の会社に就職をすることとなっていた。
もし将来、弟が葬儀屋をやりたいと言えば、弟が継げるようになったときにバトンタッチするし、やりたくないと言えば私がそのまま社長をする。そんなプランを立てつつ、今日も手伝いをしている。


この日の葬儀は、県議会議員をしていた方のものであった。政治家の方の葬儀は、かなりの数の参列がある。慣れているとは言え、対応はなかなか大変なものであった。

葬儀が終わり、火葬場へと遺体を運ぶ前に、遺族たちが最後のお別れをしていた。そのときだった。棺を囲う遺族たちの中でふと、あるお兄さんが視界に入って来た。黒のソフト帽を被っていて、スーツ姿。年は、20代中盤くらいだろうか。切れ長の目と白い肌が印象的な、綺麗な人だ。その綺麗なお兄さんは、遺族の間をスイスイと抜けて、棺桶の窓から遺体の顔を眺めた。そして満足そうに、ニヤリと笑った。私は瞬時に悟った。あれは、きっと人間ではないと。そう分かっては居ても、既に私は、彼のその綺麗な表情に心を奪われていたのだ。

受付のお姉さんたちに話を伺ってみたら、やはりあのお兄さんは記帳をしていないそうだ。そのため、きっと業者だろうと推測を立てられていたらしい。
あんなに格好いい人が記帳に来ていたら、忘れるはずがない。寧ろ名前を覚えるためにガン見するわ。そうお姉さんたちは言っていた。とにかく、記帳を済ませずに中へ入っていることは確かだ。
しかし、長年の付き合いから業者の方を殆ど知っている私は、あの人を知らない。私も受付のお姉さんたちと同意見で『あんなに格好いい人が居たら、忘れるはずがない』のだ。

しかし、あんなにはっきり誰にでも見える幽霊なんて居るのだろうか?でも、何故か私の中には、あの人が人間ではないという確信があった。


遺体が火葬場へと移動した。彼は遺族や参列者の方の控え室へは向かわず、外へと歩きだしていた。私はお兄さんの後をそっとつけた。そして私は、人通りの少ない場所で彼に声をかけた。

「すいません、式を担当している葬儀屋の者なのですが……少しお尋ねしたいことがありまして。お時間宜しいですか?」

そう声をかけると、お兄さんは首を傾げた。そして、広げた手のひらに、ポン、と拳を乗せた。

「ああ、記帳を済ませていませんでしたね。失礼しました」

確かに彼は記帳をしていない。しかし、今聞きたいのはそういうことではない。

「それもそうなんですけど……その、あなたって、人間、ですか?」


周りには聞こえないように小さな声でそう尋ねると、彼は目を丸くさせた。しかし直ぐに、平生の表情に戻った。おや、どうしてそれが。そう呟いてから、彼は言葉を続けた。

「まぁ、知らないことが幸せなこともあるんですよ、お嬢さん」

追及を避けるフレーズは、遮絶を感じさせた。しかし、彼女はその壁を直ぐに破壊した。

「知りたいんです」

彼の切れ長の目を見据えて、彼女はそう意思を伝えた。

「何故?」
「何故、って。何となくです、何となく知りたいんです」

何となく、で動くとは。バイタリティに富んだ彼女に、彼は少しだけたじろいだ。彼女の百倍は生きている彼には、彼女のその猪突猛進ぶりが、眩しさすら感じられた。

「では、逆に聞きましょうか。私は、何だと思いますか?」

彼は、腕を組んだ。しかし、その様さえも上品に見える。彼の整った容姿が、そう見えさせるのだ。

「うーん、死神、とか?」

少しの間をおいてから、彼女はそう答えを捻りだした。

「あながち間違いではないですね」

彼のその言葉に、彼女は、えっ!?と驚いたような声を上げた。今度は彼女の目が、丸くなった。

「じゃあ、あなたが魂を取ったんですか?」
「それはただの一般的なイメージですね。死神は、死を迎える予定の人物をあの世へと導く役割のことも指します。私は、人の命を奪う役割はありません。しかし、霊をあの世へ連れていくことが、たまにあります」

多く情報が与えられたため、彼女の頭はその処理に追われていた。とにかく、死神ではないらしい。それならば、次に聞くことは一つだ。彼女は、口を開いた。

「じゃ、あなたは一体、どういう存在なんですか?」

彼は表情を変えずに、淡々と答えた。

「私は、鬼です。いつもは地獄で刑を与えたり、地獄の行政を取り仕切ったりしています。今日はたまたま、現世に視察に来ておりまして」
「そう、なんですか」

あの世とこの世は、そんな簡単に行き来が出来る世界だったのか。いわば葬儀屋は、霊が少しでもいい処遇をしてもらえるように手伝いをする仕事だ。しかし、かと言ってその世界を実際に体感したことなどはない。彼から与えられる情報は、彼女にとって興味深いものであった。

「葬式をしていたのが見えたので、どんな人材が来るのかと確認をしに来たんです。このように大きな葬式は、それだけ影響力のあった人物の可能性がありますから」
「そうですね、今日は県議会議員をされていた方でした」
「見たところでは、あの男は、地獄行きですね。実に扱き甲斐がありそうだ」

彼はニヤリと笑った。この人は、どSだ。彼の黒さを目の当たりにした彼女は、即座にそう悟った。

「それにしても、この辺りは居心地がいいですね。不動明王の家があるおかげでしょうか」
「そうかもしれないですね。不動さんって、地獄では、秦広王って呼ばれてるんですよね?」
「ええ。しかし実際には、秦広王と不動明王は、それぞれ体を持っています」
「え、そうなんですか?ところで、不動さんの家ってどれのことですか?」
「あの寺のことです。本人がそうおっしゃっていましたよ」

彼が手をかざした方向にある寺は、不動明王をご本尊とするものだ。元々は京都にいた不動明王は、1000年ほど前に大きな乱があった時に、この地に遷座されたらしい。正月には日本屈指の初詣スポットとなる。

「たしかにそうですね。じゃあ不動さんの像は、クリスタルひとしくんみたいな感じですね」
「おや、あなたもあの番組を見てらっしゃるんですか?」

クリスタルひとしくんという単語は、とあるTV番組を見ていなければ知り得ないものである。彼は、その単語に食いついた。

「はい。変な動物とも笑顔で接してる子を見ると、凄いなぁって思います。あと、クリスタルひとしくんがなかなか当たらなくて」
「私、一度当たりましたよ」
「え、すごい!故人から手紙が届いても、応募の一つとして取り上げるって言ってましたもんね。正直、でっちあげの当選者だと思ってました」
「厳正なる抽選のようですね」
「機会があったら、ひとしくんを見せて下さい」
「地獄にくれば、いつでも見せられますよ」
「それは……遠慮しときます」
「そうですか。それは残念」

地獄なんて、出来れば一生関わりたくもない所だ。彼女は、ただ苦笑いを浮かべた。

「ところで、当たった景品ってどうやって届けられてるんですか?」

ふと浮かんだ疑問を、彼女は彼に投げかけた。

「私へのお供え物として、他の方のお供え物と共に届けられています」
「えっ!お供えものって、ちゃんとあの世に届けられているんですか!?」
「ええ。ちなみに業者はシロネコです」
「さ、さすがシロネコ……」

現世では優良配送業者として名高いシロネコは、既にそんな分野にまで手を広げていたらしい。彼女がそう感心していたとき、彼はふと腕に付けていた時計をちらりと見た。

「おや、もうこんな時間ですか。では、私はこれで失礼します。仕事がまだあるので」

小さく頭を下げた彼に、彼女も準じて頭を下げ、はい、と述べた。

「仕事、頑張って下さいね。あと、また機会があったらお話を聞かせて下さい」
「はい。ああ、ちなみに、これが私の名刺です」

彼は、ビジネスマンのように名刺を彼女に差し出した。彼女は両手でそれを受け取った。中身は後で見るとしよう。そう決めて、その名刺を財布の中にしまった。

「あの世にも名刺なんてあるんですね」
「現世とは直接、電話は出来ませんけれどね。でも、地面に向かって叫べば届きます」
「そんなアナログな方法で届くんですか!?」
「地獄耳ですからね」
「ちゃんとオチがついてる……」
「補佐官たるもの、これくらい出来て当たり前です」

彼は補佐官をしているらしい。何の補佐官かは、後で名刺を見れば分かるだろう。さて、名刺を貰ったからには、私も渡すべきだろう。しかし、私はただの女子高生だ。名刺なんて持っていない。とりあえず、自己紹介でもしておこう。そう決意して、彼女は口を開いた。

「私は、結城葬儀社の跡継ぎをする予定の、結城玲です。15才です。まだ社会人じゃないんで、名刺はないんです。すみません」
「ああ、私は一度聞けば覚えるので、名刺は結構です。それでは葬儀屋さん、またの機会に」

そう言って、彼は式場を去っていった。姿が見えなくなった辺りで、彼女は先ほど貰った名刺をじっくりと見た。〈閻魔大王第一補佐官 鬼灯〉と大きく書かれており、その下に電話番号が記されている。高校一年生には、難読と思える漢字が羅列されている。何て読むんだろう。まあそれは、今度会ったときにでも聞こう。彼女は、また名刺を財布に仕舞いこんだ。


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