神罰の下る日に | ナノ
神罰の下る




女神が聖域と日本を往来するようになって幾年。その度に増す重責と重圧、魂は神である彼女は精神的には全く苦にはならないだろうが。

肉体だけは人間と何ら変わらない、それ故に休息は絶対的に必要不可欠のものだったのに。

沙織の見せる笑顔に、皆がそれを看過していたのだ…限界点を。自分自身も含め、それに気付いたのは。教皇宮の執務室にて、席を立ったその時だった。

ぐらり、と視界が歪み。崩れ落ちるように床へと座り込んで。


「「女神!!!」」


その場に居合せたのは、数名の黄金聖闘士と下官達。全員が心急く声を発し、その身を逸早く支えたのは。






蠍座のミロ、だった。






「沙織…大丈夫ですか…?」

「…!?」


その親しげな呼掛けに、驚いたのは女神の側近である双子座のカノン。そんな彼を無視してミロは、沙織を横抱きにするとそのまま女神神殿へと足を向ける。


「ま、待てミロ!あまり動かさん方が…」


周囲の咎める声に全く反応しない男に、軽く苛立ちを覚えたカノンであったが。弱々しく囁かれた彼女の言葉に、閉口してしまう。






「ミロ…すみ、ません…私…」

「構いませんよ、それより少しだけ我慢して下さい」

「ええ…ありがと…」


上気した顔の女神は、そう言い残し自らをミロの胸に預けた。その顔付きは安心そのもので。それを見たカノンは、遣り切れない想いが棘となって刺さり…じわりと痛む。

だからと言って二人をそのまま行かせる訳にも行かず。負担を掛けぬよう、ゆっくり歩を進める男の数歩後ろを歩く双子座にとっては、拷問のように長い時間。

(あんな…顔…俺に向けられた事など…)


苦虫を噛み潰した表情とは、まさに今の彼のことを言うのだろう。それもその筈、本来ならばあの場所に居るのは自分なのだから。













「カノン、開けてくれ」


ミロの声で我に返る。悶々としている間に寝所へと、辿り着いていた。

少々面白くない気持ちで、カノンは静かに扉を開ける。男の胸の中でぐったりとしている女神を確認してから。











「オーバーロード、過労による発熱だ」


自らの背に突き刺さる、様々な詰問の意を読み取ったミロは。先手を打って、沙織の病状を語る。


「過労…?」

「以前もこうして、よく熱を出していた…」


ゆっくりと、寝台へその躯を横たえる。殆どその意識を失っている女神は、ピクリとも動かずに荒い息を吐き続け。




「黄金聖闘士が半分以上不在の聖域をずっと護ってたんだ…生身の身体、負担が掛かるのも無理ない話だろう」


優しく、白い額に触れていくミロが。只管羨ましいと、カノンの胸中は嫉妬心に駆られる。



しかし…それ以前に。






愛する女神を。そのような過酷な状況に仕向けた、そもそもの原因は―――――。


(俺の…俺達の愚かな仕業…が)







「……お前を責めると…女神が悲しむからな」





苦悶の顔を浮かべているカノンを見て。その感情を察したミロが、女神の名を出すのは。


(牽制、の意味か…)



平和になったからとて、己の罪が消え失せる訳では無い。聖闘士として認められた今でも、変わらない。

蠍座が双子座へ向ける視線は、好意ではなく、寧ろ敵意にも似て。ミロは黙ったままのカノンに構わず、寝台から離れ備えられた棚へと向かう。








「……ああ、コレだ」


探し物の手付きは、非常に慣れており。そこには、女神と蠍座だけの空間が存在して。益々、双子座は。己の惨めさを痛感するに至っていた。


(此処には…俺の知らない時間が有る…)





再び、沙織の前へと戻った男は。小さく彼女へと言葉を掛ける。


「どうです…薬…飲めますか?」

「だ…れ…?」


記憶すら定かでは無いのだろう。自分が何故この場所に居るかすら、覚えが無いような科白に。

カノンの姿を横目で見遣ると、ミロは一切躊躇せず取り出した粉薬と水を自らの口に含み。




それから続く行為を、双子座が悟った瞬間。


(―――――ッ!)


沙織の唇は、塞がれていた。


「ん……ッ」


軽く喉が鳴るのと同時に、切なく漏れる美声が耳に入った刹那。カノンの無意識に握り締めていた掌が、血に濡れて行く。刺激的な光景から目を逸らしたまま。





「は、ぁ…」


介抱の為の行いは、終わりを告げないばかりか。双子座を挑発するように、口付けは色事へと変化しそうな勢い。


「ミ、ロ…、苦し、い…」


それを中断させたのは、女神本人の申し出。ミロは軽く溜め息を吐き、己の身を起こした。





「…沙織…?」

返事が無い。薬の効果により、最早完全にその意識は飛んでしまったようだ。












「……ミロ、貴様…!」


露骨に向ける、カノンの殺気と。ミロの鋭い眼光は守護星の様に、毒を射る直前の蠍の如く対峙する。


「…女神を以前から護って来たのは俺だ。それに…」


ミロは、その身体を翻すと。扉へと足を向けて。決定的な一言を投げ付けた。




「側近であるにも関わらず、こんな状態に気付かない…そんな奴に沙織を愛する資格など無い」


「……ッ!?」


(知られている…!まさかお前も…!?)


眸を合わさずに部屋を出た彼は、一人の文官と交錯する。どうやら戻らない男を訝しく思った教皇からの遣いのようだった。

女神の隣を許されているのは、教皇から許しを得た限られた者のみ。その現実に、ミロも強く唇を噛み締めたのを、カノンは知らない。











眠りについてから小一時間が経過し、沙織は緩やかにその瞼を開いていく。


「女神…気分は如何ですか…?」

「カノン…」


その瞳は、酷く悲しい色を帯びており…理由が判らない沙織は胸を締め付けられて。


「…すみません…女神。私は…」


いきなりの謝罪に、沙織は目を見開く。そして、今更に己の身に起きたことを理解した。



「何も…悪くないわ…カノンは」


熱に浮かされながらも、彼女は微笑みを向ける。少しでも、この男の慰めになれればと。力を振り絞って細指を伸ばし、爪が食い込んでいる掌を労わって。


「無理、したのは…私なのだから。貴方が気に病む必要は、無いのです…」

「女神…」


脆弱さが伺えるのに、その表情は一向に輝きが褪せない。その美しさに胸が騒ぎ、囚われていく。


(触れたい、貴女に)


湧き上がる激情に支配されそうになる。しかし、紅く染まる手でそんな真似は出来ないと。限り限りの所で踏み止まり。


(俺には、許されぬ感情…女神を穢す行為…)


「自分を、責めないで…カ、ノン……」


覚醒が、未だ完全なものでは無かった沙織は。朦朧とする精神の中、途切れるまで慈愛の情を送り―――――。











吐息が、安定したのを確認して。カノンは漸く緊張の糸が緩んだ。

益々色濃くなる、女神を想う心。近付けば近付く程に、彼女の抱く気持ちが分かってしまう。


其処には自分の居場所など………無かった。










沙織がずっと譫言で、呼び続けていたのは…蠍座の男。厭でも、気付く。通じ合っている二人の心底にある想い。

以前の自分であれば、無理矢理奪うことを真っ先に考えたであろう。しかし、



“お帰りなさい、カノン”



本気で愛しいと思った女性の。あの笑顔を永遠に失うことが…途轍もなく怖かったのだ。


(愛して…います)



秘めた片恋は、密かに重ねた唇に託されて。昇華される事も叶わない、永遠に抱き続けるしか道は無い…。







2009.06.18




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