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それから美丞の攻撃に移ったが、阿部は上手く対策を練りながらも美丞の作戦には気づいていないことを思わせるような、なんともいやらしいリードを行った。そのおかげでこの回は0点に抑えることができた。
そして三回の裏、水谷からの攻撃である。そんな時、泉が怪訝な面持ちで、名前の側に寄ってきた。
「名字…さっき俺に言ったこと…もしかしてお前も美丞の守備に気付いてたのか?」
「あ、いや…美丞の守備にっていうか、いつも私守備も見るようにしてるのよね。だから美丞の作戦に気付いたとかそういうんじゃなくて、普通にっていうか…」
言いたいことが上手くまとまらず、名前は言葉を濁した。それでも泉にはなんとか伝わったようで、泉は「そうか」とだけ言った。
「あ、でもね。これ私も最初は全然やってなかったんだよ。だって、マネジがわざわざランナーもいないのに守備位置とか考えないでしょ?」
「まーな。つーかマネジじゃなくても考えねぇよ」
「ふふ、そうだよね。でもね、田島君から聞いてから私も考えるようにしたの」
「田島に?」
「そ、田島君に守備位置のことを言われてさ。あぁ、すごいなって」
「……」
泉はここで、自分はあの時打たされたのだということに気付いた。あの時、同じシフトなら田島は同じようなボールがきていたはずだ。……なのに。
「…チッ、美丞め…」
「どうしたの?」
いきなり苦い顔をした泉を、名前は下から覗き込んだ。
「名字!」
「わっ、え…はい…?」
「俺、次で絶対1点目入れるから!」
そう言った彼の表情には、強い決意が見受けられた。
「うん、そうだね。頑張って!」
その決意に応えるように、名前はふわりと笑った。その笑顔に泉の頬が赤くなったのは、言うまでもないだろう。
そんなこんなで、三橋に打順がまわってきた。監督からは、バントの指示。すると名前の横では、必死に口をパクパクさせている阿部がいた。どうやら指を気をつける用に言っているようだが、マウンドの三橋の様子からしてきちんと伝わっている可能性は低い。それでも注意を止めない阿部に、名前は頭をパンと叩いてしまった。
「ってぇな!」
「隆也うるさい!言われなくても指くらい気をつけるよ!」
「だってあいつ…」
「いいから!」
「……はい」
名前の勢いに負け、嫌々黙った阿部。その時ギリギリながらも、ちょうど三橋がバントを成功させたところだった。そして続く泉。泉はランナー2人を帰すつもりで打席に立ったのだが、生憎監督からの指示はバント。監督からの評価に落胆しつつも、全くバント体制になっていない美丞の守備を見て、泉は覚悟を決めた。
その覚悟もあってかバントは無事成功し、1死ランナー二・三塁。次は栄口である。
西浦は今までにスクイズを1球目から仕掛けたことはない。そのため、1球目はカウント稼ぎにストライク入れてくる可能性が高い。監督はそう読んで1球目のストライク狙いだと告げた。
キンッ…
監督の読みは当たり、栄口はボールをサードの方へ飛ばした。しかもそれはサードを越え、その後ろが処理したために、遂に、遂に1点目を入れることができた。
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