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≫五回戦1






「いよいよね」
「わっ!う、あ…はい!」

ベンチで試合前の準備をしていた名前の背中に、ポンと手を当てた監督は、彼女の珍しいくらいのオーバーリアクションに目を見張った。

「あれ…もしかして緊張してる?」
「あ…少し…」
「あははっ…ホントに少し?私にはそうは見えないなー」
「う………」

本当のことを言われ、名前は言葉に詰まった。実際のところ、一番緊張しているのではないかというほど、彼女の表情は硬かった。

予感。

前々から感じていたこの嫌な胸のざわめきは、試合当日を迎えた今でも健在だった。なぜかわからない。だけど何か起こりそうなのだ。

「そんな顔してちゃ、勝てる試合も勝てなくなるよ!」
「う、あ…そうですよね!切り替えます」
「うん、みんなを……支えてね!」 
「はい!」

嫌な予感を振り払うように名前は返事をした。早速スコアボードを手に取り、必要なことを監督に報告する。

「美丞のスタメンはやっぱり背番号通り。初戦から変化はありません」
「やっぱり変えなかったかぁ。あ、宮田君は5番…だったよね」
「はい、倉田君が正捕手とりましたので」
「夏の間に伸びたのね、倉田君」


そうこうしているうちに、試合が始まった。「一回、しまっていこう」と、阿部の声がマウンドに響く。
先行は美丞大狭山高校。ショートの川島からスタートだ。阿部はいつも通りに三橋にサインを出した。が、なぜか美丞の打者に妙な違和感を覚えた。これは多分名前だけでなく、監督や阿部だってそうだろう。何というか、見送り方に迷いがなさすぎるのだ。

「選球眼がいいにしてもさすがにおかしすぎる…」

奇妙に感じながらも名前は次の球を見ていた。するとその球はあっという間に飛んでいき、フェアで水谷が急いでホームへ投げたが残念なことに1点入ってしまった。

「名前ちゃん、」
「はい…今の振り…外へ逃げるのがわかってたみたいな感じでした…。もしかして配球パターンが読まれてるんじゃ…」
「なるほど、あり得なくはないね…」

監督は言葉を濁しつつ腕を組んだ。目の前の和田もやはり同じ見送り方である。
そして、阿部がスライダーを内の低めに要求したところ、なんと、和田がホームランを打ってしまった。これにはさすがの監督も身を乗り出し、マウンドを見つめる。名前もスコアを握り締めた。
この後、なんとか3点で抑えた西浦は、攻撃準備のため一旦ベンチに戻った。阿部は難しい顔を出ししながらまっすぐ 名前の方へ向かっている。

「名前!」
「はい」

名前を呼ばれ、スッとスコアを手渡す。阿部はそれを受け取り、監督の元へ直行した。 名前は黙って後ろ姿を見つめる。

「よく名前呼ばれただけでわかったなぁ、 名字」
「花井君…」
「さすがっつーかなんつーか…」
「顔に書いてあったっていうか、何考えてるか丸わかりなオーラが出てたんだよ、隆也から」

阿部達から目を離さずに答えた。

「すげーなぁ」

花井が感心の言葉を述べた直後、いきなり三橋の悲鳴に近い声が聞こえた。あまりの出来事に、みんなの視線は三橋と泉、田島に集中する。どうやら、自分たちで編み出したリラックス法をやっていたようで、志賀先生が解説を行っていた。


「名前…」

みんなが志賀先生の解説に意識が向いている間に、阿部は名前の横に立った。

「今日の打者のこと…どう思う」
「うん、明らかに何かおかしいよね…」
「球種が読まれてるんだと思うか?」
「球種…かもしれない。でも私は…なんとなくだけど、配球パターン…隆也の配球パターンが読まれてるんじゃないかと思う」
「俺の…?まさか」
「や、私も自信はないからはっきりと断言はできないんだけど、なんとなくそんな気がする」

そうは言ったけれども、 名前も阿部同様半信半疑だった。いや寧ろ信じられない方が大きい。

「とにかく落ち着いて、頑張ってね」

名前はそっと彼の手を握った。そして阿部は、その手を返事をするかわりに優しく握り返した。



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