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あれからしばらくして、阿部が一階から聞こえる物音に目を覚ました。時計はちょうど12時を示している。
「(誰だ……?)」

阿部は隣で眠る名前を起こさないように、そっとベッドを抜け出し、一階へと降りた。電気がついている所へ行くと、そこには百合の姿があった。

「百合さん…?」
「あ、隆也君ごめんね、うるさかった?」
「いえ……」

どうやら百合は、今出張から帰って来たようで、そのまま溜まっていた洗い物(食器類)を片付けているようだった。

「隆也君、今日泊まってくれてたんだね。ありがとう。今帰ったらお義母さんがいなくてびっくりしたのよ…どうしたのかしら」

「あ、の…それは…」


阿部は一瞬言葉を濁した。これは言うべきなんだろうか、それとも黙っておくべきなんだろうか、と迷ったからだ。しかし黙っておいても何の解決にもならない。阿部は決心して百合に話すことにした。


「あの、百合さん」
「なに?」
「百合さんがいない間、実は名前のおばあさんが来てたんじゃなくて…叔母さんがきたらしいんです」
「えっ…」

百合は今までにないほどの驚きを見せた。だが、すぐにその表情は真面目なものに変わった。

「ねぇ、名前は?」

「今は寝てます。でも…さっきまですごい状態で…」
「わかった」


百合は至って冷静に対応した。彼女の表情から察するに、「叔母が来た」という一言で全てが理解できているようだ。だから阿部はもうあえて何も言わず、聞かれたことだけに忠実に答えた。



「あの子の叔母…私の義妹は、あの日からまったくの別人になってしまった。きっとここには、復讐に来たんでしょうね」

「………」

悲しそうに言葉を漏らす百合に阿部は何も言えなかった。

「隆也君、本当にありがとね。あなたが居てくれて助かった」
「いえ…俺は…」
「義妹のことは私に任せて。もう二度と名前を苦しめないように説得してみせるから」

百合の真っ直ぐな強い視線に応えるかのように、阿部は強く頷いた。

「よし、じゃあ隆也君ももう寝なさい。明日、試合でしょ?私ちゃんと応援行くからね」
「えっ、来てくれるんすか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。じゃあ、お休みなさい」
「うん、お休み」


そして再び阿部はベッドへと戻った。











次の日の朝。時間通りに目覚めた阿部は名前を起こそうと、身体を揺すった。
が、

「あつ……っ、」

あまりにも熱い名前に驚いて、手を離してしまった。どうやら熱をだしてしまったようだ。しかも高熱。

阿部は取り敢えず百合を呼び、熱を計ってもらった。すると体温計は見事に39度を示して、完全に名前はアウトだ。

「ここ数日で精神的にすごく追い詰められたせいね…今日の試合は行けないわ」
「そうですか…わかりました。監督にも伝えときます」

そう言って部屋を出ようとした時だった。阿部はいきなり名前に腕を掴まれたのだ。


「ダメ…私も…っ、行く…絶対…っ」


真っ赤な顔で、瞳を濡らして名前が力の限り叫んだ。

「ダメだ。そんな熱で行けるわけねーだろ」
「でも…っ、行く…!」
「ダメだ」
「嫌だ…私も…「名前!」」

口論の途中で百合が名前の名前を呼んだ。

「我が儘言わないの。今のあなたが行ったところで、何かの役にたつとは思えない」


厳しい言葉だった。
だが名前はそっと手を離した。

「我が儘じゃ…ないもん…」
そう言いながらも、急におとなしくなった名前に阿部は不覚にも吹き出してしまった。

「(…可愛い奴)」

阿部は軽く笑みを浮かべながら、名前の頭をポンポンと叩き、部屋を出た。

「お前の分までしっかり頑張って来るかんな」




さぁ、いよいよ崎玉戦だ。


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