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≫復讐1






3回戦を明日に控えた西浦は、試合へ向けて最後の練習を終えたところだった。明日のために少し早めに切り上げたので外はまだぼんやり明るい。

「阿部君!」

着替えが済んだ頃に監督が後ろから呼び止めた。阿部は栄口との会話を止めて、声のした方へ振り向いた。

「名前ちゃんから返事来た?」
「いえ…きてないっす」
「そっか…」

監督はガックリと肩を落とした。
そもそも、何故このような会話が行われているのかと言うと、名前が昨日から学校自体を休んでいるからであった。一昨日までは元気だったのに…と、不思議に思い、阿部がメールしてみたところ、昨日は『只の風邪だから心配しないで。明日には行くから』と返事があった。なのに今日、彼女の姿はない。病状が悪化したのではと心配になった監督は、練習を始める前に阿部にメールを入れて欲しいと頼んだ。言われた通り、阿部はメールを送ったが、練習が終わった今でも名前からの返事はない。


「心配ね…。明日来れるのかな…」
「わからないですね。俺も風邪だとしか聞いてないですし……取り敢えず、今日ちょっと名前ん家に寄ってみます」
「ホント?助かるわ!お願いするね」

そう言って監督はベンチへと戻って行った。その後ろ姿を眺めていた栄口は、ふと、視線を阿部に戻した。

「大丈夫?俺も行こうか?」
「ん?あ、いや…取り敢えず今日は1人で行ってみるわ」
「おお、そっか」
「ワリーな。わざわざ言ってくれたのに」
「そんなこと気にすんなよー。じゃ、気をつけて行って来いよ」
「ああ、サンキュー栄口」


2人は軽く手を振って、その場で別れた。






名前の家へついた阿部は、いつものように自転車を置き、インターホンを押した。だがいつまでたっても返事がない。時間は8時を過ぎているが、まだ寝るには早いだろう。風邪をひいてる名前は寝ているだろうが、今日まではまだ彼女の祖母がいるはずなのだ。なのに応答はない。
試しに玄関に指をかけてみた。するとなんとそこは簡単に開き、すんなりと中へ入れてしまった。

「(鍵閉めてねーのか…無用心だな)」

内心驚きつつも、靴を脱いでリビングへ移動する。電気がついている部屋がリビングだけだったので、そこにいるんだと思い込んでいたのだ。だがそこには人の気配すら感じられず、ただシーンと静まりかえっていた。


「名前……」

不審に思い、阿部は名前の部屋にも足を運んだ。


部屋のドアを開けたら、そこには真っ暗な世界が広がっていた。

「名前…?」

恐る恐る声を漏らすと、ベッドの上の塊がピクッと動いた。それに気付いた阿部はそっと駆け寄り、毛布の下で蹲っているであろう名前に手を添えた。

「おい…どうした?風邪そんなに酷いのか?」

声をかけるが、返事はない。それどころか彼女の身体は驚くほどに震えている。
「お前一体どうし…」

「いや…!!!!」

ガバッと布団を剥がした途端、名前は悲鳴に近い拒絶の言葉を述べ、その場で耳を押さえて蹲った。異常なほどに震えている身体を、阿部は少しばかり力を入れて揺さぶってみた。
「おい名前!しっかりしろ!おい!」

「ご、ごめ…っ、ごめん…なさ…っ、ごめ…」

「名前!落ち着け、どうしたんだ?」

寝ぼけているのかと思ったが、どうやら違うらしい。阿部はとりあえず蹲っている名前を起こそうと、腕を引っ張った。

「やめ…っ、ゆるして…!ごめ…、わたしっ…」
「名前!俺だ、落ち着け!」
「ゆる…っ、ひっく…ごめ…、なさい…っ」


目から涙を流し、辛そうに眉を寄せている名前。この時阿部は、引っ張られていない方の腕で、自分の顔を隠すようにして泣き、ひたすら声を張り上げる姿があの時の名前にそっくりだと言うことに気がついた。そう、中3の春の…父親をなくした時の彼女の状態にそっくりなのだ。

「名前!」

このままではまた名前が壊れてしまう…そう感じた阿部は、咄嗟に身体が動いた。あの時と同じように彼女をそっと抱き締めたのだ。

「大丈夫だから…落ち着け…」
「ふっ…ごめ…ひっく…っ」
「俺だ、阿部隆也だ。大丈夫だから…な?」


なかなか落ち着かない名前の背中を擦り続けるが、効果はあらわれない。それどころか光を宿していない彼女の目からは、次から次へと涙の粒が溢れてくる。それを阿部は指で拭うと、さらに強く抱き締めた。



「もう大丈夫だから…ずっとそばにいるって言っただろ?…な?」
「ふっく…っ、ぁ…たか…?」
「…!そうだよ、俺だよ!」

今にも消えてしまいそうな弱々しい声が阿部の名前を呼んだ。阿部はその声に反応して、パッと身体を離した。目の前にはうっすらと光を宿した瞳がある。


「良かった…っ、もうお前戻ってこねぇかと思った…」
「たか…たかや…っ、たかや…」
「もう大丈夫。大丈夫だ」

安心したのか、名前は阿部の身体に倒れこんだ。

「っと…平気か…?」

「………気持ち…悪い…」
「う、えっ?」
「……吐く…」
「ちょっと待ってろ!トイレまで連れてってやるから!」

今まで気が張っていたせいか、阿部のおかげですっと力が抜けて、急に吐き気が襲ってきた。名前は濡れた頬も乾かぬうちにトイレまで連れてきてもらった。名前が吐いている間、阿部はずっと背中をさすって見守っていた。いくら意識が戻って落ち着いたとは言っても、まだ彼女の身体は辛そうだ。阿部は名前が吐き終わった頃を見計らって水をついで、渡した。



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