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「お邪魔しまーす」
三橋の家に着いた名前達は、早速中に入った。そしてすぐさま三橋の部屋へと案内され、可愛らしい部屋に入る。しかしそんな可愛らしい部屋とは裏腹に物が散乱しており、机の上に至っては時間割すら揃えている形跡がない状態に花井達は溜め息をつきながらも、せっせと勉強する準備に取りかかった。そんな中でも田島だけ、ベッドでエロ本を探しだす始末。まぁ田島らしいと言えば田島らしいが…この勉強会が誰のために開かれたか忘れてはいけない。
「田島君、ほら勉強始めるよー。三橋君も行くよー」
名前は二人の腕を引き、西広の元へ連れていく。
「二人は西広先生に教わってね。西広先生はテスト前にわざわざ勉強したりしないんだって。何でも教えてもらわなきゃねー」
「えー!名前が教えてくんねーの?」
「私はほら…理数系苦手だし」
「ちぇ…」
「おし、じゃあとりあえず一時間やるか。はい、はじめ」
花井の掛け声で勉強会がスタートする。
はずだったのだが。
勉強会は謎の声によって中断されてしまった。皆が鳥だなんだと騒ぎ始めた時、三橋がスタッと立ち上がり親が帰って来たのだと告げた。どうやら三橋を呼んでいる声だったようだ。
「みんなやってて!」
そう言い残し三橋は下に降りて行った。しかしそれを追う田島に田島を追う泉、そして最終的には全員が下に降りる形になってしまった。
名前と阿部は一番後ろからついて行く。台所が見えてきた辺りで、田島の声が名前の元まで響いた。
「三橋誕生日なの?」
ああ、そう言えば。名前はただ一人心の中で今日の日付を思い出していた。
だから今日はこんなに積極的だったのだろうか、とそんな思いを巡らせながら台所へ入ると田島の提案によって、三橋をお祝いすることが決まったようだった。みんなも特に反対する理由もなく、それぞれ用意された食べ物を運んで行く。名前も何か手伝おうと台に近寄った時、花井と三橋の母親の会話が聞こえてきた。
「おばさんも一緒に食いますよね?」
「えっ…いいの?」
「勿論ですよ!俺らのがお邪魔してんスから!」
今時の高校生にしては珍しい発言で三橋母も驚きを隠せないようだ。そんな母親を前に三橋は自慢気に「キャプテンなんだよ」と胸を張っている。
名前はそっと花井に近づき小声で話しかけた。
「梓ちゃんてば流石だね」
「ばっ…!うるせぇ、梓って呼ぶのヤメロって!」
「何でよー。可愛いのに」
ニヤリと笑えば花井から期待通りの反応が返ってきた。顔を真っ赤にして必死に抗議している。
すると、三橋母がひょこりと名前の方に意識を向けた。どうやら名前の存在に今気づいたようだ。
「あら、女の子」
「はじめまして、マネージャーをやらせてもらっている名字名前と申します」
ペコリと頭を下げ、名前は挨拶した。
「あ、ご丁寧にどうもありがとう。廉!こんなに可愛いマネージャーがいてあんた幸せ者ねぇ!」
「あ、う…うん…」
上機嫌な母親に背中をバシバシ叩かれ三橋は若干困った顔をしていた。
せぇーのぉ!
ハッピバースデートゥーユー
ハッピバースデートゥーユー
ハッピバースデーディアみーはしー
ハッピバースデートゥーユー
田島の掛け声から始まり、三橋が蝋燭の火を消して食事がスタートした。みんながわらわらと食べ物に群がる。その時に三橋母がお吸い物を取りに行くと言ったのを聞き、名前は手伝うためにあとをついていった。
「あら、手伝ってくれるの?ありがとう」
「いえ…私あんまりお手伝い出来てなくて申し訳ないので。あ、このお盆使っていいですか?」
「あ、うんそれ使って!」
台所でこんな会話を交わす。子供が三橋しかいない三橋母にとってこんな会話をするのはとても新鮮でとても楽しく思えた。
そうやって、名前の持っているお盆の上にはどんどんお吸い物が増えていく。それと比例して重くなるお盆に、無事運びきれるかと一抹の不安にかられながらいっぱいになったお盆を両手に、先に運び始めた。母親の持つお盆も既にいっぱいだが、まだ三つ、お碗が残っている。
「しょうがないから後で取りに来なきゃね」
そう言う三橋母の言葉に頷いて若干フラフラしながら名前が歩みを進めたところで、急に現れた阿部と花井に歩みを止められた。どうやら手伝いに来たようだ。
「おばさん、俺が持ちますよ」
そう言って三橋母の分を受け取る花井。さすがというか何というか…花井だからこそできる技なんだろう。一方阿部はというと、気付けば名前のお盆を軽々手にしている。
「貸せ、俺が運ぶから」
「大丈夫だよ」
「フラフラだったじゃねぇか。お前は残りの三つ持って来いよ」
そう言って颯爽と持って行ってしまった阿部の後を、軽いお盆を両手に名前は慌てて追いかけた。
その後、三橋だけではなく四月生まれの花井と巣山の誕生日も同時に祝おうと言う事になり、一度消したロウソクに火を灯し、歌も歌い直した。花井は恥ずかしがっていたがそれでも嬉しそうな様子は拭えていない。
高校生の好きそうな食べ物がテーブルいっぱい並べられていたが、それももう残り少なくなっていた頃、不意に田島がフライドチキンを片手に名前の隣に現れた。
「名前って誕生日いつなの?」
「えっ、私?私は二月」
「ふぅん。まだまだ遠いな!」
「そうなんだよねぇ…」
「みんなの誕生日、こうやって祝えたらいいな」
キラキラした顔でそう言われ、名前も嬉しそうに賛同した。まだまだ知り合ったばかりでお互い知らない事の方が多いが、これから仲を深め、気兼ねなくこんな風に騒ぎ合えるようになれば良いと、心からそう思った。
あれから少し勉強して、名前達はそれぞれ帰路についた。名前と阿部は駅までまた誰かの自転車に乗せてもらい、そこからは電車で帰る。
「結局あんまり勉強進まなかったね」
名前は電車に揺られながらそう呟いた。今の時間、ちょうど人が多くて座ることはできない。名前は阿部と並んで手すりにつかまりながら、窓の外をぼんやり眺めていた。
「殆ど誕生日会になっちまったからな。でもこれからはみっちりあいつらに勉強教え込むから大丈夫だろ」
「そうだね、頑張らなきゃ」
気づけば二人が降りる駅の名前が車内に響いた。二人は小走りで電車を出る。それからいつものように途中まで並んで歩いていると、分かれ道で先に名前が足を止めた。
「じゃ、隆也、また明日ね」
しかし、それに阿部は不思議そうな顔で返した。
「俺、お前ん家まで送って行くつもりだけど…?」
「えっ、そうなの?」
「はぁ…あのなぁ、今何時だと思ってんだ」
「夜九時」
それがどうしたとでも言うように答える名前に阿部はさらにため息をつく。
「お前な、一応女だろ。危ねぇだろーが」
「大丈夫だよー。家すぐそこだし」
「ダメだ。ほら帰るぞ」
全く危機感のない彼女にまたため息をつく。どうしたらもっと危機感を持ってくれるのだろうか。阿部の苦労はまだまだ続きそうである。
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