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「…え、これ着るの?私が?絶対?」

準備の手伝いに来て、かれこれ数分。今まで殆ど手伝えていなかった名前を含む野球部は、取りあえず掃除でもするかと各々が掃除器具を手に取った。すると、クラスの文化祭実行委員(女子)に、名前だけが呼び止められ、教室の隅の方へ連れてこられた。一体何を言われるかと身構えていると、ズイと、フリルが沢山付いた浴衣を目の前に広げられる。どうやらクラスでやるカフェの衣装らしいが、エプロンまでご丁寧にフリルが付けてあって、着る人が着ればとても可愛らしいのだろうが、名前は似合わないと踏んでいたし、あまり乗り気ではなかった。

「当たり前でしょ!女子は皆着るの、裏方以外は」
「じゃ、私裏方でい…」
「いーわけないでしょ!」
「なんでよー」
「名前は当日コレ着て客寄せするの、校内歩き回りながら!」
「えー…」

何故自分が客寄せ係をやらされるのかわからないが、一番大変な役回りをさせられているのはわかる。もしかして、今まで手伝わなかった分仕事が回ってきたのだろうか。それだったら頷ける。

「とにかく、よろしくね!期待してるから」
「…もしかして私一人なの」
「ああ、大丈夫。私が一緒に行くから。でもメインは名前だからね」
「メイン…?」
「そう、私はあくまでアシスタント。名前じゃなきゃ客釣れないでしょ」

目の前にいる文化祭実行委員が楽しそうに笑った。名前は言葉の意味も、その笑顔の意味もぼんやりとしか理解出来なかったが、取りあえずその衣装を受け取った。勿論やる気になった訳じゃない。出来ることなら、文化祭も休んで武蔵野の分析をやりたいぐらいだ。武蔵野は三年が抜けて、ガラリとメンバーが変わったので、せめて榛名の投球解析ぐらいはしておきたい。

結局、文化祭実行委員は反論させる暇を与えることなく次の仕事に向かってしまった。残された名前は、仕方なくその衣装を眺める。

「それ、お前着んの」

突然後ろからヒョイと着物を取られ、振り向いた。そこには掃除を終えたらしい阿部と花井が立っていた。

「うん、なんかそれ着て明日校内歩き回りながら客寄せ係やれって言われたの。私できれば投球解析やりたかった…」

ガックリとうなだれる名前を見、花井は阿部の持つ着物を覗き込んだ。

「…でも意外だな」
「何が?」
「俺、名字なら文化祭も張り切って参加すると思ってた」
「私が?あはは、私そんなに好きじゃないんだよね、こういう行事」
「そうなのか」
「お前、体育祭とかもあんまやる気ねーもんな」
「そうそう。何だろうね…野球に関係しないことで尚且つ皆でわーって盛り上がるようなイベントはちょっと苦手かな」
「へぇ……」

花井は密かに名前の野球への熱意に尊敬の念を覚えていた。








そして迎えた当日。
部員の所を全部回ろうという計画の下、まず初めに七組へとやってきた九組トリオは、入り口で例の衣装を身に纏い接客を行っている篠岡に出会った。普段のジャージ姿に見慣れている彼等にとって浴衣にエプロン姿というのはなかなか新鮮だったらしく、皆いつもと少し違う反応を見せた。いや、田島はいつも通りかもしれないが。

「花井達いんの?」
「花井君は午後当番で、阿部君は今お茶当番だよ。水谷君はレジ係やってる」

田島がキョロキョロと辺りを見渡した。どうやらあと一人足りない事が気になったようだ。

「名前は?」
「ん?ああ、名前ちゃんはねー…あはは、連れ回されてる…かな」
「?」
「おー、団子とお茶ー」

田島(を含む三人)が篠岡の言った意味を理解するより早く、阿部が団子とお茶を運んで来た。そのため必然的に会話がそこで途切れる。篠岡もちょうど別の客に呼ばれたのでその場を去ってしまった。

「阿部、お茶当番はいーのか」
「雑だからやんなくていーってさ。つかお前らクラスの当番ねぇの?」
「ない。俺ら展示だからな」

阿部の発した「やらなくていい」という言葉に疑問を持ちながらも、泉は田島に続いて団子に手を伸ばした。

「じゃあさ、一緒に榛名の投球解析やんねー?」
「やる!」
「や、やり、たい!」
「は?いや、いいけどさ。いーのか?あいつ今お茶当番なんだろ?」
「阿部ってクラスじゃいつもこんなんよー」
「そーなんだ…」

至極まともな意見を水谷にぶつける泉。しかしもういつものことなので、水谷は特に大きいリアクションも見せずに、返答した。

「うし、じゃあノート…あ、今ノートあいつが持ってんだったな」
「名前が持ってんの?」
「ああ。つーかあいつ今どこいんだ?」
「阿部も知らねーのかよー」
「何か連れ回されてるらしい…」
「さっきも気になったんだけどさ、連れ回されてるって何?どーゆーこと?」

田島が最後の団子を口に含みながら首を傾げた。それには他二人も同じように思っていたのか、阿部をジッと見つめる。

「あー…客寄せ係だよ」

辺りを見回しながらそう答えた阿部は、ふと、ある一点を見つめて表情を和らげた。

「名前」
「あっ、隆也ー!助けてよー」

何故か身を隠すように教室に入ってきた名前を呼び、阿部は手招きをした。名前もそれに吸い寄せられるように阿部の元へ向かう。

「名前ーどーしたのー?つーか名前可愛いな!」
「あ、田島君達いらっしゃい。あはは、そう?ちょっと衣装負けしてる気がするけど…」
「そんなことねーよ!なぁ泉」
「ああ。すげー似合ってんな…あ、だから客寄せか?」
「男子いっぱい釣れそうだもんね」

水谷の言葉に名前は苦笑した。同じような事を、実行委員にも言われたからだ。

「それで?何かあったのか」
「あっ、そうそう聞いてよ!もう校内四周もさせられたんだよ?それでもまだ引っ張って行こうとするから逃げてきたの」
「お前も大変だな……んでさ、お前今ノート持ってる?」
「ノート?あ、武蔵野の?持ってるけど…まさか今から解析とかするんじゃないよね」
「そのまさかだ」
「えっ、狡い!」

自分のバックからノートを取り出して阿部に渡そうとしていた手を、名前は急に引っ込めた。そのため、阿部の手は空を切る。

「狡いも何も…お前も一緒にやるに決まってんだろうが。録画してあるやつお前ん家あんだぞ」
「あ、そっか。じゃあ私の家でやるよね」
「俺はそのつもりだけど…オメーら大丈夫か?」
「俺は平気」
「俺もー!」
「お、俺も…大丈、夫」
「…つーわけだ。早く着替えて来いよ、行くぞ」
「わかった、待ってて」

早速立ち上がろうとする阿部を一旦制止させ、名前は踵を返した。その途端。

「名前!」

実行委員が目の前に立っていた。息急ききって探し回ったのだろう、彼女は随分と暑そうにしている。

「…見つかった」
「見つかったじゃないよ!はい、もう一周行くよ」
「やだー、私もう投球解析したい」
「これで最後でいいから」
「ほんと?」
「うん」
「…じゃあ…行く」

哀愁漂う後ろ姿ではあるが、名前はもう一度廊下へ向かった。それを後から追いかける実行委員は、去り際に野球部に目をやる。

「阿部、彼女借りるねー」
「もう散々借りてるだろ」
「あはは、そうなんだけど。でもいいよー名前。客が増える増える」
「そんなに釣れるのか?」
「あったりまえでしょ!あんなに可愛いんだもの。あ、でも別の衣装着せたら美人路線でもいけそうね…」
「…ったく…とにかくあと一周で終わらせてくれよ。解析やんねーといけねぇんだから」
「わかってるって。その間さ、阿部達も他の部員の所くらい回ってきたら?どうせお茶当番やんなくていいって言われたんでしょ」
「おー」

よくわかったな、という意味を込めて返事をすると、実行委員は笑って名前の元へ走っていった。

「よし、じゃあ阿部。他の所行こうぜ!どうせ俺達他の部員の所全部廻るつもりだったし」
「そうか。じゃあ行くか」
「おー!」
「ここのクラスの奴は皆心が広いな…あいつが今やんなきゃいけないことってお茶当番だろ?」

泉の呟きに後ろにいた水谷が苦笑する。しかしそんなことはお構いなしに、阿部はさっさとエプロンを脱ぎ、田島達と共に教室を出て行った。

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