≫文化祭1
その夏。
埼玉代表のARC学園高校は、二回戦で甲子園を去った。それと前後して埼玉県では新人戦が行われ、西浦高校は三試合を勝ち抜き、秋季大会のシード権を獲得していた。
「あ、おかえりー」
抽選会から戻ってきた花井と栄口を、偶々出入り口付近にいた名前が一番に出迎えた。二人は何となく微妙な面持ちでグラウンドに入って来る。
「どうだった?」
またどこか凄い学校にでも当たったのかという思いを胸に秘めながら、名前は対戦校を訊ねた。
「…武蔵野第一」
花井は薄く苦笑いで答えた。無理もない、なんせ武蔵野は今年の夏のベスト4なのだ。前回桐青を引き当てた身としては、複雑な気持ちだろう。
「嘘、武蔵野?」
「ああ…」
「ぷっ…あはははっ」
「な、何だよ!」
いきなり笑い出した名前に困惑する二人。だが彼女の笑いはなかなか治まらず、終いにはなんだなんだ、と他の人達が集まってくる始末だ。
「ふふ…っ、いや…流石花井君だなって」
「しょ、しょうがねーだろ!向こうが入って来ちゃったんだから!」
「なになにー?何の話ー?」
「次の対戦校武蔵野第一だって」
「ホント!?花井よくやった!!」
「だから俺のせいじゃ……え?よくやったって…?」
途中から割り込んで来た田島。周りが花井を冗談混じりに責める中、一人だけ目をキラキラと輝かせて花井を褒めるものだから、流石の花井も耳を疑った。しかし田島は、強い球を打てることが楽しみで仕方ないらしく、明日の休みも返上して練習しようと言い出した。その意見には勿論ごく少数だが反対の声が上がる。しかし田島は譲ろうとはしなかった。
「休んでる暇なんてないない!明日は榛名対策しよーぜ」
見かねた花井が主将としてキッパリ言い張った。
「ダメだ、週一で休みは入れなきゃなんねぇ」
「えー!」
「えーじゃない。何のために明日の文化祭に休み充てたかわかんねーじゃねーか」
「むー…じゃあ明後日からやる」
「そうそう、明後日からは朝練も再開すっから」
「オッケーイ!」
ということで、話はまとまった。必然的に夜更かしは今日までということになる。今日の練習ももう終えたので、このまま帰宅して自由な時間...という風になるのだが、生憎今日は練習の後に文化祭の準備が待っている。普段何かと言い訳をして、数々の行事ごと(の準備)をさぼってきた野球部だが、そろそろクラスの女子の目が怖くなってきたため、今日は全員総出で準備の手伝いに行くこととなっていた。
「花井、そろそろ行かないとまずいんじゃねーか?まぁ練習優先なら別にいいけど」
「いや、今日は行く。応援も来てもらったし、少しは貢献しねーと」
水谷に促され、ようやく皆が動き出した。
「ほら、阿部も防具取って行くぞー」
「俺はいいや。重いもん持ちたくねーし」
「お前はスーパーマイペースだなぁ...重いもん持たせねーから来いよ」
「えー。名前は?お前も行くの?」
ベンチで最後の片付けをしていた名前は、阿部の問いかけに振り向いた。
「行きたくないけど取りあえず行く...」
「名字も行くつもりなかったのかよ!?」
「だってー何やるか知らないし...」
「あ、俺も知らねー」
「お前らなぁ...」
些か名前まで知らなかったのは不思議な気もするが、とにもかくにも花井は渋る二人を言い宥め、準備の手伝いへとくり出した。
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