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≫当たり前のこと1







第二試合、西浦対波里は六回まで三橋が投げ、その後九回まで沖が投げた。結果は五対十三で西浦は負けてしまったが、代わりに沢山のことを学ぶことが出来た。
それから、昼食を挟み二時十五分から第三試合がスタート。その間試合をしない西浦は筋トレ講習を受ける事になった。

「か、監督!私も受けていいんですか?」
「そりゃ勿論。名前ちゃんのことはちゃんと言ってあるよ」
「ありがとうございます…!」

ぞろぞろと西浦のメンバーがトレーニングルームに入っていく後ろで、名前はノートとペンを片手にうずうずしていた。選手ですらない自分が、まずトレーニングルームに足を踏み入れること自体烏滸がましいと感じていたし、ましてや講習を受けるなど十中八九断られるだろうと過信していた。しかしそれは大きく外れ、監督の答えを聞くなり名前はトレーニングルームへと走っていった。






その後、全体でみっちりとダウンを行い、片付け作業を行った。そしてそれが終わってから夕食までの時間、選手全員を集めて志賀が講義を行う。その時名前は志賀に頼まれ、アシスタントとして皆の前に立った。今回合同練習に参加した女子マネージャーは篠岡と名前だけな為、前に立っている間中、名前はやけに注目の的となっていた。もうそれには苦笑するしかないが、確実にやりにくかったのは事実である。
一方監督達はというと、別室で本日の合同練習について振り返りながら、会談していた。

「どうでしたか、何か得るもんありましたかね」
「勿論ですよ!県内では上のレベルの私学とは組めないんで、昔から知ってる名前の学校と戦えるってのがもういい経験なんです」

椅子に座り、とても生き生きした表情で監督は言った。彼女自身も、今日は本当に沢山いい刺激を貰ったと思っている。

「関東はやっぱり私学有利ですか?」
「関東とかじゃなくて、愛媛は特別や!」

波里の監督、森笠隼人の問いかけに桃李の監督、福田将己がすかさずツッコミを入れる。

「百枝さんこの人ね、地元じゃ相当な有名人なんですよ。タクシーの運ちゃんに『あ、監督!』って言われるレベルです」
「えっ、そうなんですか?」
「やっぱ愛媛の野球熱は別格やからね!」
「はは、まー地元で悪いことはできんね。昨日俺がどこのバーにおったかて皆知っとるし」

森笠が苦笑する。兵庫は甲子園と明石があるし、大阪なんかはそれこそ阪神人気が凄い。だがそれを上回るほどの野球熱が、愛媛にはあった。

「野球への関心の高さはとても羨ましく感じるんてすけど…大変なこともあったりします?」
「おおいにありますよ!こいつんとこ部が休みの時は門限六時ですよ、六時!」

福田が森笠の肩を抱きながら答える。まるで自分の事のように話す福田に、百枝監督は笑みをこぼしつつ、驚いた。

「門限って…野球部で?」
「はい。街中に見守られてるような状況ですから」
「はっはっはっ、見守られとんのか見張られとんのか!」
「物は言いようやな!」
「ありがたいって」

森笠の言いように、福田だけでなく泰然の監督、新井も声に出して笑った。

「そいでですね百枝さん、波里は平日、十一時まで塾なんですよ」
「塾!?部活後ですか!?」
「グラウンドのそばの学習塾ですけどね、予備校は時間的に通えんし、経済的に難しいって環境もありますから…そんな話したら一人月五千円で見てくれるゆうええ人がおって、一年時から全員通わせてもらってます」
「一年生から!」
「ありがたいですよ」
「こいつんとこはこっちもええ子が集まってますからね」

隣に座る福田が、自分の頭をトントン、と叩く。

「エリート意識強い分、よう頑張りますよ。うっとこも見習わんと」
「う、うちも見習いたいです」

尊敬やら驚嘆やら驚愕やら…とにかく波里に驚きっぱなしの百枝監督。うっすらと息すらも洩れる。

「でも、投手のトイレ掃除は桃李のをうちが見習ったじゃろ」
「ああ、そやったな」
「トイレ掃除?」
「桃李の伝統やね。投手が一人よがりにならんようにとか、周りのもんは投手の頑張りを素直に認められるように…ってあ、投手といえば」
「?」

不自然に会話を切った福田を、他の三人が見つめる。一体何事だ、と一瞬沈黙が流れた。

「西浦のマネージャーに、うちの投手がお世話になったとかで。やー、お礼言おうと思っとったんですよ」
「ああ、上代か」
「そやそや。お前んとこのコーチには送ってもらったんやったな。世話かけたわ」
「気にするなって。それよりそのマネージャー、俺も少し話聞いたけど…ええ子がおりますね、百枝さん」

今まで聞く立場だったため、急に話がふられて、百枝監督はなぜか背筋を伸ばして若干身構えた。その横で、新井が身を乗り出す。

「なんや、何の話や。うっとこだけ西浦と試合しとらんから俺だけ影薄いわ」
「なんでもな、上代の肩触って状態聞いただけでローテーターカフの損傷やてわかったらしいわ」
「ほぉー」
「軽症なのも当たっとったし、アイシングもしっかりしてあって…はっきり言って普通の高校生マネージャーにはできないことばっかりや。うっとこの上代も早めに状態知れて助かったて言うとった」
「そうですか…お役に立てたみたいで良かったです」
「そのマネージャー、トレーナーも兼任なんじゃろ?」
「兼任…とまでは…でもそうですね…最初の頃と比べると確実にトレーナーとしての仕事が増えちゃってますね」
「凄いな…」
「名前ちゃ…名字さんの父親が優秀なスポーツトレーナーで、小さい頃から仕事場に行ったり色んな知識を与えられてたようで…」
「んじゃあ、今もその父親に指導されとるんですか?」

新井がテーブルに置いてあった飲み物に手をつけ、視線を向けた。それに続くようにして、他の桃李と波里の二人も飲み物に手を伸ばす。

「あ、いえ…今は自力で毎日勉強してるみたいで」
「へぇ、自力でか。益々ええ子やな。うっとこに欲しいくらいやわ」
「こら新井、勧誘禁止やぞ」
「ははっ、冗談や」

自分のところにいる子の話でこんなに盛り上がってくれるとは微塵も思っていなかった百枝監督。はっきり言って、とても嬉しかった。すると、突然部屋のドアをノックする音が聞こえた。一旦会話を止めると、ドアが開き、少し太めの男性が顔を出す。どうや近所のお肉屋さんのようで、普段から随分と勉強してくれているらしかった。

「ちょう失礼しますね」

福田が慌てて席を立ち、お肉屋の松田の元へ向かった。それをきっかけに他のメンバーも席を立つ。そして部屋を出ようとした時、ふと、森笠が百枝の肩に手を置いた。

「百枝さんとこの名字さん含め選手達も、ええ子ばっかりじゃ。これからも、なんかあったら声掛け合いましょ」
「…はい!ありがとうございます!」

森笠の言葉を受け、嬉しさと有り難さを同時に込めて、百枝は深々と頭を下げた。





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