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名前が冷蔵庫のある建物に着いた時、既に上代は自分で氷を出し、肩にあてていた。心なしか嗚咽も聞こえ、名前は一瞬入るのを躊躇する。全開になっているドアから顔だけを出し、そっと上代を見守っていた名前は、肩の状態を今すぐ確認したい気持ちをグッと抑え、涙が止まるのを静かに待った。

「…っ、うー……」

ジッと見つめるのも何なので、体をクルリと回し、ドアを背もたれにして外を見ていると、次第に後ろの方から聞こえる嗚咽が小さくなってきた。同時に何か探しているような音も聞こえるので、名前は今だ、と部屋に足を踏み入れた。

「あの、上代君」
「…えっ、」
「あっ、ごめんね急に…私…」
「西浦の…マネージャー…?」
「そう!良かった、知っててもらえて」

初めこそは驚いた表情を見せた上代だったが、次第に訝しげに名前を見つめ始めて、名前は慌てて弁解を図った。いや、別に何も悪いことはしていないのだが、何となく状況的に「弁解」が相応しい。

「あ、いやあの…別に変なことをしに来たとかそんなんじゃなくて…あの…よかったら肩、見せてくれない?」
「…えーよ」

未だに少し困惑気味な上代。確かに殆ど面識のない西浦のマネージャーがいきなりこんな事を言ってきたら誰でも不思議に思うだろう。しかし、上代は不思議に思いながらもおずおずの例の肩を差し出した。

「力…入れたら痛い?」
「…痛い」
「痛いのこの辺?」
「うん」
「…軽いローテーター・カフの損傷みたいだね」
「…えっ、触っただけでわかったんか?」
「んー、触っただけじゃないよ。どういう感じに痛むとか、色んな所から情報を得てからの判断かな」
「すごい」
「そんなことないよ…でも、ありがとう。取りあえず、アイシングしようか。サポーターある?」
「…さっき見つけた。はい」

サポーターを受け取った名前は、慣れた手つきでアイシングを進めていく。そんな彼女を上代は、ただ呆然と見つめていた。

「…こんな感じでどうかな。肩、痛む?」
「大丈夫。俺一人じゃ大変やった。ありがと」
「役に立てたなら…良かった…本当は病院に行った方がいいんだけど…」
「え、ええよ…そんなん」

「おー、おったおった!」

突如後ろから元気のいい声が聞こえた。今回の合同練習での投手リーダー、永宮悠吾である。永宮は部屋に入った途端、二人を見つめ、少し驚いた顔をした。

「な、何で西浦のマネージャーがこんな所おんねん」
「えっと…」
「…俺の肩見てくれたんや」

返答に困った名前を助けたのは、驚く事に上代だった。

「えっ、わかるんか?」
「まぁ…少しは…」
「どーだった」
「ローテーター・カフの損傷みたい。軽いから…三週間もあれば治ると思う…病院には連れて行けそう?」
「軽いんやな。良かった。病院はうちのコーチが車出すて」
「良かった…」

名前がほっと胸をなで下ろすと、永宮が腰に手を当てて珍しそうな顔をした。

「……マネージャーやのに凄いなぁ。トレーナーも兼任か?」
「あっ、いやそんな大層なものじゃなくて…ごめんね、出しゃばっちゃって」
「いやいや、状態が知れただけでも安心じゃ。祥真もそうじゃろ?」
「うん」
「ありがとう…永宮君。上代君も、大事に至らなくて良かった…」

控え目に微笑むと、それを面と向かって受けてしまった永宮が、急に慌てだした。横顔しか見れなかった上代は、一体何が起こったんだ、と永宮を不思議そうに見つめている。

「…どうかした?」

名前も不審に思い、永宮を見つめた。すると永宮は視線を逸らし、若干頬を赤らめながらポツリと声を洩らす。

「…名前」
「え」
「…名前は」
「あ、ああ私の?名字名前です」
「俺の名前…何で知っとったんや」
「んー…合同練習に参加してる投手全員の名前くらいは…頭に入れたからかな」
「そうか…」
「…あっ、私そろそろ行かないと。上代君、私本当にただ出しゃばっちゃっただけで何にも出来なくてごめんね…」
「そんなことない…ありがとー」
「お大事に…永宮君も、また」
「お、おー」




名前がベンチへ戻ると、丁度第一試合が終わった所だった。西浦対桃李、八ー八で引き分けである。

「名前ちゃん、おかえり。どうだった?」
「ローテーター・カフの損傷みたいです。幸い軽症でした」
「良かった。病院は?」
「波里のコーチが車を出すそうなので…とりあえずサポーターだけしておきました」
「そっか!それじゃ、次の試合十一時十五分からだからそれまで休憩と準備お願いね」
「はい」

取りあえず、先程の試合のスコアを見せてもらおうと返事をした後、パッと踵を返した。数歩先のベンチに座っている篠岡の名前を呼ぼうとしたとき、不意に横から数人の選手が現れ、それを妨害される。

「ねーねー名字、ローテーター・カフってなに?」
「水谷知らねーの?なんか肩らへんのことだろ」
「アバウト過ぎるよそれ」

肩らへん、と言った泉に苦笑しながら突っ込む栄口。それを名前も苦笑しながら見つめ、口を開いた。

「ははっ、確かに肩らへんではあるね」
「ほら」
「肩板って言ってね、肩甲骨から上腕骨に付着する肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋の総称のこと」

栄口の肩を使って説明した名前だったが、三人ともいまいちピンと来ないようで、難しい表情をしていた。

「名字、わかんないよー」
「あっ…ごめん。えっと…とにかくね、その筋肉達は腕を安定して使えるようにするために働く『縁の下の力持ち』みたいな存在なんだよ」
「成る程ねー」

次の解説では、どうにか理解してもらえたようだ。名前は今度こそ、とその場を離れて篠岡の元へ向かおうと足を進めた。しかし。

「名前」
「………はぁ」
「何だよ」

今度は阿部から引き止められた。

「悪いけど、ちょっとあとにして」
「はぁ?」
「私は!スコアが!見たいの!」

それなのに何故こうも邪魔が入るのか。たかだかスコアを見るだけだというのにこんなにも苦労しなければいけないのか。まさか篠岡をこちらへ呼びつけるわけにもいかない。だからこそ、次の試合が始まる前までには絶対見ておかなければならないのだ。

「だから用事はその後にね」
「いや、俺お前にスコア持ってきたんだけど?」
「え、そうなの?」

名前は前のめりになっていた体を無理矢理後ろへ戻した。そして、「はい」と手渡されたスコアに視線を落とす。

「なんだ、そうだったの」
「お前途中から居なかったし、見たいだろーなと思って」
「やだ、気が利くー阿部君たら」
「…西浦しかいねーんだから呼び方戻せよ。なんかムズムズする」
「はいはい、隆也」

スコア表を目で追いながら、阿部の相手をする。すると、今度は阿部本人が元々持っていたバインダーを彼女の前に示した。

「配球を記録したやつだ。これも見るか?」

渡された物へと目を向けると、丁寧に書き込まれた三橋の…というか捕手の配球が飛び込んできた。

「や、いいや。帰ってから時間あったら見せて」
「わかった」

そう言うと阿部は、黙々とスコアを見つめる名前を残し、ヒョコヒョコとベンチを出て、ブルペンへと向かった。



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