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その後スタンドにわたわたと戻った名前は、監督に戻った事を告げ、空いている席に座った。
その日の試合は一回戦が四つ。第一試合はホームランを二本含む打撃戦で、第二試合はなかなか一点目の入らない投手戦となった。
球場の広さ、グラウンドの形。土の色、芝の色。音、におい、風。そしてこの球場独特の緊張感。この雰囲気を忘れないように、皆は甲子園をしっかりと堪能した。
それからは、皆で甲子園カレーを食べ、大阪郊外へ移動。そして午後いっぱい借りてあったグラウンドで体を動かした後、今夜泊まるビジネスホテルにて部屋割りが発表された。
「二人部屋だからねー。はい、まず花井と田島。そして巣山と水谷、栄口と泉、沖と西広、阿部と三橋、名字と篠岡な。先に名前言った方が班長だから、キー取りに来て」
そう言われ、代表者が志賀の元へキーを取りに行く。それが終わるのを見計らって、監督が指示を出した。
「私の部屋は502、志賀先生は401だから覚えておいてね。では各自、部屋に行って必ずシャワー浴びて!ご飯食べに行くからね。それじゃ、三十分後にまたここに集合」
その言葉を合図に、皆はわらわらと動きだした。一方、阿部三橋ペアも部屋へ行こうと動き出す。
「お、俺、阿部君のも、持つ、よっ」
「おお、わりーな。…あっ、ちょっと待て」
張り切りながらも二つの鞄の重さに堪えきれずフラフラする三橋。それを阿部は一旦停止させ、自分の荷物をおろさせた。
「おい、名前」
近くにあった椅子の上に荷物を起き、名前を呼ぶ。篠岡と監督と共に部屋へ向かおうとしていた彼女は、阿部の声に引き返さざるを得なくなった。
「なに」
「お前、渡さなくていーのか」
コレ。と、荷物の中身を指差す阿部。近くにいた三橋、泉、栄口が一体何の事なのかと首を捻る。しかし、反対に名前は少し照れたような、慌てたような感じで阿部の行動を遮った。
「こ、こんな所で渡さないでよっ。後から私が取りに行くから!」
「ああ、そっか。じゃあ俺、部屋406だから」
「わかった」
早足で舞い戻る名前。その後ろ姿を見ながら三橋が何だったのかを尋ねると、「まぁ…ちょっとな」と言葉を濁されてしまった。が、頭の上にさらに沢山のハテナを浮かべる三橋に、阿部は苦笑しながら「気にするな」と付け加えた。
阿部達が部屋と入り、先にお風呂を済ませた阿部がテーピングをし直す為にベッドへ腰を下ろそうとしたとき、丁度タイミングよくドアをノックする音が聞こえた。先程後から行くと言った名前である。阿部はその足でドアまで向かい、鍵を開けて彼女を招き入れた。
「タイミングいいなーお前」
「え、もうお風呂上がったの?」
「今出たとこ」
「相変わらず速いな…じゃあ今三橋君入ってる?」
「ああ」
「色んな意味で本当にタイミング良かったね…」
三橋がいないことに安堵しながら、名前はベッドの脇に置いてある阿部の荷物を漁った。
「あっ、ほらー。隆也の事だから絶対そのまんまだと思ったんだよねー」
目的の物を見つけた名前は、想像していた通りの(物の)姿にため息をつきながら、自らが持ってきた袋の中に突っ込んだ。
「いいじゃねーか下着ぐれぇ」
「や、普通女の子のなんだからさ。袋に入れるとかしてくれても罰は当たらないよ」
そう、その例の物とは、名前の下着(ブラとパンツ両方)のことである。
そもそも何故阿部が持っているのかと言うと、事の発端は甲子園に行く四日前に遡る。四日前、偶々三日間阿部の家に泊まる事となり、元々阿部宅に置いてあるお泊まりセットとは別に二日分ほど下着類だけ持って行った。洗濯はさせてもらうのだが、如何せん生理中だった為に用心してのことでそうなった。結局持って行った物は全て使用し、帰る日には確実に二日分は洗濯が終わっていたのだが、名前はそれを持って帰るのをすっかり忘れてしまって、しかもそれには前日の夜にしか気づかなかった。勿論置いていたお泊まりセットはそのまま置いてきてしまったので、前日の夜の時点でもう下着が一つしかない状態だった。
それではお風呂に入ることが出来ないと、名前が阿部に連絡を取り、結果今日、甲子園旅行当日に阿部が持ってきてくれるという事になったのだ。
「とりあえず、今日の分だけしか持ってきてねーからまた近いうちに俺ン家取り来いよ」
「はいはーい」
下着を入れた袋を両腕で抱え込み、名前はスッと立ち上がった。するとそれと入れ替わるように、風呂場の扉が開き、三橋が顔を出す。
「わっ、あ…名字さん…っ」
あわあわと驚いた表情をする三橋。そんな当たり前の反応を見せる三橋を見て、名前はクスクスと笑いながらその場を離れた。
「じゃあまた後でね」
「おー」
「あっ、えと…うん…っ」
三橋の返事を背に受けながら、名前は自分の部屋に向かって足を進めた。
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