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≫一つだけ1







練習試合が終わったその日の夜、夜食の前に室内で皆が卓球をしながらのトレーニングを行っている間、応援団に入っている人達は特別に時間をもらい連ダンの練習をすることになった。ダンスは篠岡が中心になり、名前は他の皆の様子を見ながら軽く参加しているという状況であるが、ダンスは完璧に篠岡と二人で覚えたので特に問題はない。

「じゃ、私女子やるから水谷君組んでみよっか」
「え、あ、そっか」

一通り男子パートを教えた篠岡は早速ペアになってやってみようとした。指名された水谷は勿論驚くわけだが、そんなことよりも篠岡と組めたことのほうが重要らしく、顔が若干赤い。それをたまたま見つけてしまった名前は、水谷の気持ちを知っているということもあり、次に花井と組もうとした篠岡を制止させ、もう一度水谷が篠岡と組めるように自らもダンスに加わった。

「私も参加するよ、その方が効率的だよね」
「あ、そっか。じゃあもう一回」

そう言って特に何も気にせず再び水谷の手を取った篠岡。それでも水谷の嬉しそうな表情には拍車がかかるばかりである。
────わかりやすいなぁ…
名前はそんなことをふと思い、軽く笑みを零していた。




そんなこんなで合宿四日目が終了し、それから一つの練習試合と二回の朝食をこなし、六日間の合宿は終了となった。
長いようで短かった合宿。自宅に帰ってきた名前は一人、自分の部屋で合宿の事を振り返っていた。

「なんか…色々あったな…」

浮かんでくるのは西浦のバッテリーや、榛名の事。主に二人の心境の変化が目立った合宿であった。榛名と(一応)和解した事も大きいが、やはり三橋と阿部の二人の間に生まれた信頼感というか、打ち解けたというか。そんなバッテリーの成長に名前は喜びを隠しきれなかった。

「さすが監督。計画通り…」

これからもっと仲が良くなればいいと、名前は顔を綻ばせる。そんな時、部屋の扉が数回ノックされた。今日は百合が家に帰らない為、姉の琴乃が家にいる。だから完璧に扉の向こうに琴乃がいると思い込んでいた名前は、扉を開けて、一瞬動きを止めることとなる。

「隆也……?」

目の前にはお風呂に入ってきたのか、何となく綺麗になっている阿部が立っていた。肩にはエナメルがかかっている。

「どうしたの?…っあ、その前にとりあえずエナメル渡して」

膝に負担がかからぬよう、慌てて彼からエナメルを受け取る。そしてベッドの近くに置き、再び尋ねた。

「何かあった?」
「…いや、家誰も居なかったから」
「えっ、みんな?」
「シュンが友達んとこ泊まり行ってっからお母さんも友達とメシ食いに行った。親父は今日仕事で居ねぇ」
「あら奇遇。今日お母さんも仕事で帰らないんだ。まぁ、だからお姉ちゃんいるんだけど」

そう言って下の階を指差すと、「さっき会った」と返された。

「…にしてもひでぇと思わねー?」
「まぁまぁ、偶にはいいんじゃない?おばさんだって楽して。書き置きはあったんでしょ?」
「いんや、メールだった」
「ああ…なる程」
「とにかく、悪いんだけど何か食わしてくんねぇ?」
「あれ、何も作ってなかったの?」
「んー……?あー…あ、あったかも…ろくに確認しねーで出てきたわ」
「もう…まぁいいよ。お姉ちゃん特製冷しゃぶが残ってる」
「さんきゅ」

名前は部屋の電気を消し、階段を先に駆け下りた。その後ろを阿部はゆっくりとついて行く。




「お姉ちゃん、さっきの冷しゃぶまだ残ってるよねー?」
「うん、結構ね。何、隆也君ご飯食べてないって?」
「そうみたい」

リビングに入り、早速冷蔵庫の中を確認する名前。そんな彼女をソファーからチラリと見、琴乃は再びテレビに視線を戻した。少し遅れて来た阿部は、ソファーに寝っ転がる琴乃に一言お礼を言って、名前の元へ足を運んだ。

「ホントわりーな…何かする事あるか?」
「冷蔵庫から出してご飯つぐだけだから座ってて。ご飯どのくらい食べる?」
「…普通に…いつもぐらい」
「りょーかい」

言われるがまま、阿部はテーブルについた。途端にどんどんご飯が並べられていく。

「ありがと。いただきます」

手を合わせ、すぐさまご飯に箸をつけた。その時、ふとソファーから琴乃が立ち上がるのが見えた。琴乃はそのまま阿部達の元へ来て、にこりと笑う。

「んじゃ、隆也君来たことだし私隆司のとこ行くね」
「えっ、お姉ちゃん今から!?」
「うん、だって隆也君来たなら私居ると邪魔でしょ?」
「邪魔じゃないよ?」
「いーからいーから。若い二人に後は任せる!じゃ、お休み!あ、隆也君それ(冷しゃぶ)全部食べちゃっていいから!」

有無を言わさず琴乃は鞄を持ち玄関へ向かった。それを慌てて名前は追いかける。

「お、お姉ちゃんっ、どうやって行くの?」
「車ー!」
「や、だって飲酒運転…」
「バカね、まだ呑んでないに決まってるじゃない」
「ならいいんだけど…」

今年の春、めでたく免許を取った琴乃は、意気揚々と玄関に手をかけた。

「気をつけてね…」
「ありがと。名前も戸締まりしっかりね。そして、」

言葉を区切り、名前の耳元へ顔を寄せた。

「隆也君足怪我してるんだから名前が頑張らなきゃね」
「えっ…?」

一体何を頑張るのかと頭上にハテナを浮かべれば、去り際に頭をポンポンと撫でられ、口パクで何かを言って外へ出て行った。

「…なんて言ってた?」

少し後ろの方で琴乃を見送っていた阿部に尋ねると、何とも琴乃らしい言葉が帰ってきた。

「夜の営み、って」
「…………」
「黙るなよ。ホントに言ってたぜ?」
「はぁー…お姉ちゃんらしい…」

ガックリとうなだれ、名前はリビングへと踵を返した。



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