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外へと出た途端、パッと握られていた腕を離され、名前は上がった息を調えた。

「はぁ…はぁ…三橋君どうしたんだろ?」
「なんか榛名に聞きたいことあるらしい」
「…榛名さんに?でもなんで私まで連れ出されたんだろう?隆也はわかるけど私は…」
「いや俺だってわかんねーんだよ。話すことねーし。しかもコールド直後だぞ?会いにくいっつーかさ…」
「あはは…それはある。でもやっぱり隆也は会うべきだよ。聞きたいでしょ?今日の試合の投球のこと」
「そりゃあな。お前だってそうだろ」
「んーまぁね」

お互いに顔を見合わせ、苦笑する。しかし、実際のところ聞きたい気持ちはあっても実行出来るかはまた別で、名前は違うとしても、阿部はなかなか話難い心境であった。そのため、実質聞く気はさらさらなくて、挨拶だけして三橋を紹介するだけのつもりでいた。

「あ、隆也」

三橋がキョロキョロしていた矢先、向こうの方から見つけられてしまった。

「…ども」
「お久しぶりです」
「こ、こん、に、ち…」
「おー名前も来てたんか。なに、試合見にきたの?」
「あ、はい…」

誰だかわかってないからか、三橋をスルーする榛名に若干苦笑しながら答えると、榛名の横にいた秋丸が「西浦のピッチャーだ」と告げる。

「ああ…あっ!そういやお前桐青に勝ったんだって!?」
「おっ、お、れ、達…勝ちまし、た!」
「はぁー世の中何が起こるかわかんねーな」

腕を組ながら感心する榛名は、ふと左足を庇いながら立つ阿部の姿を視界の端に捉えた。

「あ?怪我?」
「まぁ、ちょっと…」
「どうしたん?」

くるりと名前に顔を向け、尋ねる。

「クロスプレーで膝を…」
「へ……あはははは!!ダッセ!まじかよ!」

盛大に笑い続ける榛名。その雰囲気を変えるかのように、阿部は真面目な話を持ち出した。

「……えーっと、今日は残念でした」

途端に大人しくなった榛名。

「…別に負けて不思議なしって感じじゃね」
「今日の球は全力投球ですか」
「当たり前だろ。それがどうしたんだよ」

───やっぱり全力投球…
名前は阿部の横で小さく息をのんだ。阿部も少し押し黙る。

「………最後の球が一番速かったと思います。中学ん時ならあそこで全力投球はなかったですよね」
「はぁ?中学だろうが何だろうがあそこは全力だろ」
「…………」

言葉をなくした阿部を名前は下から見上げた。明らかに顔が引きつっている。

「…隆也」

小さく名を呼ぶと、阿部はハッとして、まばたきを繰り返した。

「い、いやいや…成長したんすよ。だってあんた負け試合と判断したら一球だって全力じゃ投げませんでしたよ?」
「はぁ?何言って…ああ!シニアん時の話かよ!」
「ったりめーでしょうが!!」

遂に我慢ならずに怒鳴ってしまった阿部。横では三橋がすっかり怯えきっている。

「…っ、まぁ…別にんな昔のことを蒸し返して文句言いてーわけじゃないんですけど」
「嘘付け。ホントはもっと昔のこと文句つけてんだろ。本心と違うこと言っててキモチワリ」
「たった今大事な試合負けてきた人にんなことしねーんですよ」
「…でも俺常に真剣だっただろ?」

真顔で言う榛名に、阿部は渇いた笑みを零した。

「はは、常にってことはないでしょう。関東の試合放り出した時もあったのに」
「放り出したぁ?」
「出しましたよ」
「関東って最後の試合のこと?放り出したっつーかあれもコールドだったじゃん。初回に五点も取られてさ」
「エースが全力でチーム引っ張ってくれりゃあ流れなんか変えられます」
「…………」

阿部の思いつめた表情に、榛名は少し驚いた顔をした。

「…──もしかしてお前…それをずーっと怒ってんのか?」
「………っ、」

元々言うつもりのなかった事を、成り行きとはいえ言わされてしまった阿部は、苦い顔をした。

「成長したとか言っちゃって、ホントはずーっと怒ってたんだ!もう二年も前の話だぞ!」
「言わされただけです!もう殆ど忘れてましたよ!」
「……もしかして、最低扱いもそれで?」

その言葉にまたその場の空気が固まった。それだけで、肯定していると容易に受け取れる。

「………そうですよ。てめーの判断で試合の手ェ抜くなんて最低でしょうが。完全に周りを無視してます。俺達に恨まれたって当然だと思いますね」
「…そりゃあ…あん時俺…性格悪かったんだよ」

榛名の言葉に周りは妙に納得した。今なら少し、わかる気がするのだ。

「あん時のこと、未だに色んな人に怒られっからさ。きっと俺が悪ィんだ………オメーにも、悪かったな」
「………!?」

まさか素直に謝るとは思っておらず、阿部は愚か名前や秋丸も心底驚いた。あまりに衝撃的で言葉を返せずにいると、榛名が急に腰に手をあてて声を張った。

「でーもーさー?全力投球はしなかったけど、オレ、あの日投げた中じゃ一番長く投げたうえに一番点取られてねんだけど!負け試合で故障とかぜってーやだし、八十球だって中坊にとっちゃ当然の制限だしなぁ!!なぁ、名前!」
「へっ?!」

青くなって言葉が出ない阿部を余所に、榛名は急に名前の側まで歩み寄った。二人の邪魔をしないように今まで黙っていた名前は、当然のことながら反応が遅れる。

「あ、はい…そう、です…かね。それも一理あります…ね」
「お前も最低だと思ってたか?」
「いえ…。そりゃあ…納得いかないことも幾つかありましたけど、榛名さんの怪我のことは知ってたし、敏感になっているんだろうなとは感じてました。あの時期が一番辛かったでしょうから……だから、今チームのために投げられてるなら、よかったな…って私は思います」
「そっか…」

名前が控え目に微笑むと、榛名は少し安心したような表情を見せた。そして彼女の頭をポンと撫でると、阿部の方に向き直った。

「まぁでも…お前のおかげで嫌な時間が一年で済んだ。だから…」

そう言ってガバッと頭を下げた。

「ありがとうそしてごめんなさい!もー恨むな!」

スッキリとした顔で言われては、阿部も言い返せない。しかしどことなく阿部も納得したような、考え直したようなそんな表情をしていて、名前も胸を撫で下ろした。

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