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最後の一往復が終わり、なまった自分の体を実感しつつ休憩を取っていた阿部は、ふと後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。

「…なんだ?」

どことなく焦った表情の水谷と巣山に困惑するも、至って冷静に様子を尋ねた。

「あ、阿部…あとは…頼んだ」
「はぁ?」

おずおずと目の前に差し出された名前。わけが分からず詳しく聞こうとした途端、彼等は早々とその場を去ってしまっていた。

「…何なんだ…ったく…おい、名前?どうしたんだ?」
「………」

代わりに彼女に尋ねるも、肝心の名前は黙って阿部のすぐ横にしゃがみこみ、ぐぐきゅう…と体を縮こませた。

「……おい、名前?」
「…は……く……こ…だ……た…」
「はぁっ?」

名前がようやく口を開いたが、くぐもった声なので何と言っているか聞き取れない。阿部は仕方なくグイッと顔を近づけ、彼女の顔も上げさせた。

「…な、お前……」

目の前には困ったように眉を寄せ、顔を少し赤らめた名前の姿が。阿部は益々ワケがわからない。

「一体何があったんだよ…」
「三橋君も…」
「三橋?」

意外な人物に耳を疑った。三橋の何が名前をこんな状態にしたのか。些かか興味が沸いてきた。すると。

「三橋君も…三橋君も男の子だった…」
「は、」

ようやく聞き取れた言葉は、全く意味のわからないものだった。
一体どういう意味なのだろうか。彼女は三橋を女の子だとでも思っていたのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。

「おま、何言ってんだ?三橋は男だろ?」
「ち、がう…そうじゃなくて…」
「じゃあなんだ」
「…っ……うー…だから、隆也以外の(見たのが)初めてだったし…しかも寄りによって三橋君…で…あの…」
「益々わからねぇ…」

首を捻る阿部に、名前は我慢出来ずに手で顔を覆った。

「ああもう…これ以上言わない…っ…別にいいもん、ちょっと驚いただけだから!」
「ふーん…?」

─────…後で誰かに聞くか。

阿部はもう深く追求するのは止め、別の話題を持ち出した。


「そういやさ、二試合目どーなってるか知ってるか?」
「や、知らない…先生に聞いてこようか?」
「ARCだってよ!」
「へ、」

突如現れた声に振り向けば、そこには田島が見下ろしていた。

「七回コールドで、ARCが勝ったって」
「そっか、ありがとう田島君」

お礼を言うと、三橋を引き連れ元の場所に戻って行った。

「ARCか…」
「うん…しかもコールドなんだね」
「ああ…」

そのあとは二人とも無言だった。頭に浮かぶのは、榛名か…はたまた別のことか…。









「───七、八、九、十…はい停止」

夜の室内トレーニング。阿部の監督の元、皆は体幹を鍛える為両手を広げ、体を倒して片足を上げるという状態だった。阿部自身も、空いてる方の腕のトレーニングは欠かしていない。

「…隆也」

すると後ろから名前がやってきた。手には新聞が握られている。

「美丞と日農大の試合…」
「美丞負けたな」
「あれ、知ってたの」
「まぁ、勝ち負け位はな」
「…倉田君がね、出てないんだよ」
「え、捕手が?」

驚きの事実に阿部はトレーニングしていた腕を止めた。

「隆也と接触した後は出てたのに」
「テーピングぐるぐるだったけどな」
「翌日の方が腫れて動かせなくなる場合が多いからね…隆也も腫れ酷かったでしょ?」
「足パンパンで曲がんなかった…」
「電話いるかな?」
「ああ…。一応監督にも言っとくか」
「そうね」

そう言って踵を返し、監督の元へ向かおうとした名前は、部屋の出口付近で何か柔らかいものにぶつかった。

「うわ…っぷ……あ、監督!」

ぶつかったものはどうやら監督の胸だったらしい。名前は慌てて一歩下がったが、監督は特に気にする様子も無く部屋に入ってきた。

「あはは、ごめんね名前ちゃん」
「いえ……あ、あの、倉田君の事でちょっと…」
「ああ、話は聞いてたよ。うん、電話はしといた方が良さそうね。後で阿部君としとくわ」
「わかりました、では…」

ペコリと頭を下げ、部屋を出た名前。去り際に監督が伝言を残した。

「あ、名前ちゃん!これ終わったらミーティングだから千代ちゃんに伝えてもらっていい?」
「はい、わかりました!」



こののち、ミーティングで準決勝の話題が登り、明日は球場に行って観戦することになった。

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