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その日の夜九時頃、名前は監督と約束した通り、阿部の様子を見にきた。
「隆也ー?膝はどう?」
客間からひょっこり顔を覗かせれば、テレビとにらめっこ状態の阿部が目に止まった。
「榛名さんのことでも考えてた?」
「ちげーよ!」
どうやら図星だったようで、阿部はムキになってテレビから顔を逸らした。そしてリモコンを手に取り、スイッチを切る。
「で、膝はどうなの?」
「朝すげーパンパンに腫れて動かせなかったけど、今は随分楽」
「やっぱり腫れたかー。ま、順調によくなってはいるみたいだね」
「いつ頃からストレッチできそうか?」
「んー…明日には始められそうね」
「マジか。よっしゃ」
「焦っちゃダメだからね」
「わーってんよ」
苦笑しながら阿部は名前を引き寄せた。そっと頬に触れる手から、名前は何をしたいのか伝わってきたので、そのまま目を閉じた。するとすぐに唇に柔らかい感触が伝わる。
「ん………」
舌で唇をノックされ、名前は薄く口を開く。その隙間からヌルリと舌が侵入してきて、彼女のと遠慮がちに絡まっていく。
「ん、ふっ…」
上顎をなぞられ身体が疼く。名前は阿部のシャツをぎゅっと握り締めた。
「はっ…ん、ふぁ…っ……」
深く、深く絡まり合うお互いの舌。キスだけなのに身体が段々と火照っていくのがわかった。
「…たか…っ……」
合間に彼の名前を呼べば、ようやく唇は離された。だが息も整わぬ間に、今度は力強く抱きしめられてしまった。
「はぁ…はぁ…隆也…?」
「名前、俺やべー、もう辛い」
「は、」
耳元で吐息混じりに言う阿部。名前はワケが解らずそっと彼から体を離した。
「隆也…?」
「キスなんかするんじゃなかった…。俺今お前を抱きたくて仕方ねぇ」
「なっ…!」
彼が何を言いたかったのか理解した名前は、少し頬を染めて阿部から離れた。
「今日はダメ!」
「知ってるよ!だからつれーんだろうが!」
「う……」
今日までは絶対安静だと言われている手前、そういう行為をするわけにはいかない。だが、やってはいけないと思うほどやりたい気持ちが募るのが人間というもので。阿部は苦痛の表情で彼女を見つめた。
「私…帰った方が良さそうね…」
「あぁ…そうしてくれると助かる。今日はありがとな」
「ううん。じゃあね」
「あっ、ちょっと待て!」
立ち去ろうとした名前の腕を、阿部は慌てて掴んだ。
「明日…泊まりに来てくれねぇか…?」
「それって…」
「頼むよ。だってあと二日もすりゃあ合宿だろ?合宿は一週間あるし、それまでにやっとかねぇと俺多分死ぬ!」
「大袈裟に言わないでよ」
「マジで!」
珍しく真剣に言ってくる阿部に、名前は反論を止めた。
「んー…もう…わかった。明日泊まりに来るよ。まぁ、ストレッチもやれるし一石二鳥だね」
「サンキュー、名前」
「今回だけ特別ね」
そう言って微笑んだ名前に、阿部は軽く口づけ、掴んでいた手をゆっくり離した。
それから二日後。二人は同じベッドで朝を迎えた。昨晩、予定通り名前が泊まりに来て、ストレッチをし、膝になるべく負担がかからないように身体を重ねた。久しぶりではない筈なのに、昨晩は妙に緊張した。それはきっとお互いにだろう。
「隆也…起きた…?」
「ん、あー…」
寝起き独特の掠れた声で返事をする阿部。彼はそのまま伸びをすると、ムクリと起き上がった。
「…はよ、」
「んー…おはよー…」
名前も身体を隠しながら起き上がる。そして慣れた手付きで着替えを始めた。阿部もテーピングを綺麗にやり直してから着替えを終わらせた。
「……うーす」
「おはよーございます」
お互いに着替えが終わったところで、一階に降りる。台所には阿部の母親がご飯を作っていた。
「あ、おはよー。ねぇ、今日さぁー朝は送ってくけど斎藤さんとこいくのは………」
「あー…誰かにチャリ借りっから平気」
「…タカ、あんた何か大きくなってない?」
言葉を途中で止めて自分の息子を改めて見た阿部母は、背が少し高くなっているような気がしてそう呟いた。名前も「言われて見れば…」と、自分と比べてみた。
「やっぱり少し高くなってるよ。私の頭の位置が違ってる」
「へぇー…マジか」
さほど大きなリアクションも見せず、トイレへ向かった阿部。名前は阿部も毎朝体重計に乗ることを知っていたので、彼がトイレを出た頃に阿部の元へ向かった。
「お、四キロ増えてる」
「あらホント」
しゃがみ込んで体重計に表示された数字を見る。すると確かに入学時よりはるかに数字が大きくなっていた。
「何か背も高くなってるみてーだし…今まで体格とか気にしたことなかったけど、野球やんのにデカくて困ることはねーよな」
「そうよ!よかったじゃない。私も背、伸びないかな…」
「お前も成長期なんだし、少しくらい伸びたんじゃね?」
「そうかなー?」
そんな会話をしながら朝ご飯を食べに食卓に向かう。
今日からいよいよ合宿だ。焦らずに、落ち着いて行こうと意識を高めながら、名前達は家を出た。
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