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「あれ、三橋君達は?」
「帰ったよ」

玄関から戻ってきた阿部達に、名前は首を傾げた。

「嘘、見送りできなかった…」
「お前晩飯の片付けしてたんだろ?ならしょうがねーよ。つかわりぃな。片付けまでしてもらって」
「それは構わないけど…」

「名前姉ちゃん、ご飯ありがと!」

ぬっと、目の前に現れたシュン。満面の笑みで言う彼に、自然と名前も頬が緩んだ。

「ふふ、どうだった?」
「おいしかった!ホント凄いねー」
「ありがとシュンくん」

自分より少し高い彼の頭に手を乗せた。するとそれに満足したのか笑顔のまま階段を上っていった。




「さてと、やっと落ち着いたな」
「うん」

また客間に戻り、自分の位置に座り直した阿部。それに向かい合うようにして名前も腰を下ろした。襖は一応閉め切ったので、扇風機をポチっとつける。

「今日のミーティングのこと、聞いた?」
「ああ、目標一つに決め直すから明日までにもう一回決めとけってよ。あと、目標決まったら練習厳しくすっから覚悟しとけって」
「了解です」
「つーかお前も目標甲子園優勝なのな」
「“も”?」
「三橋も田島も…監督も。だから俺も全国制覇目指すことにしたよ」

三橋が持ってきた目標の紙を受け取ると、確かにそう書いてあった。それを見て自分もそこを目指す、と言ってくれた阿部につい嬉しさが込み上げてきて、思わず抱きついてしまった。

「うお、どうした急に」
「んー……」

右足の上に跨がって、首もとにぎゅうと抱きつく。阿部も何かを察して黙って彼女の背中を撫でた。優しく上下する手。その行為が何故か妙に安心して、名前はずっと張り詰めていた糸が段々と緩んでいくのを感じた。

「…っ、……」

自然と目に浮かんでくる暖かいもの。それが流れ落ちないように必死で押しとどめた。

「な、おい…泣くなって」
「泣いてない……」
「嘘つけ。お前もしかして今の今までずーっと気ィ張ってたのか?」

首もとでコクンと頷く。

「はぁ…演技ばっかうまくなりやがって。気づかなかったぞ」
「隆也…」
「なんだ?」
「無事で…良かった」

消え入りそうな声で言う名前に、阿部はふと、手の動きを止めた。そして彼女の身体を自分から離して、向かい合えるようにした。

「名前、もしかして俺の心配してたのか?」

有り得ないとでも言うような視線。彼女がずっと気を張っていたのはもっと別の理由だと思っていたのだ。なのに気を張ってた理由が涙が零れないようにだったなんて。

「…ごめんな、ホント俺…何にも気付かなくて」
「ううん、隆也が無事だっただけでもう十分。だからね、焦る気持ちはわかるから、お願いだから無理はしないで」

彼のシャツをぎゅっと掴んで、少しだけ笑う。そんな彼女を阿部はグイッと引き寄せ、優しく口づけた。

「ふ、……ん……」

その瞬間に目を閉じた為、辛うじて流れずにいた涙が静かに頬を伝った。それを阿部は舌でペロリと舐めとった。

「しょっぺぇ……」
「ん……たか…や…」
「なんだ?」
「頑張ってね」

そう言って微笑んだ名前に、再び阿部は唇を寄せた。

「んん、ふっ……」

侵入してきた舌に戸惑いながらも、きちんと応える名前。お互いを優しく、そして激しく求め合った。



どのくらいそうしていただろう。
熱い息と唾液だけが行き来し、名前の頭は朦朧とし始めていた。

「んう…ふっ、んん……」
「は、…ん……」

もう無理、そう伝えようと名前は阿部の肩を叩いた。するとようやく唇は離され、銀の糸が伝う。

「おま…なんて顔してんの」

目の前には頬を上気させ、切なそうに眉を寄せた涙目の名前がいた。その表情に阿部もドキリとさせられる。

「隆也……」
「っ、あー…ダメだ。これ以上このままでいたら抑え利かなくなる」

勘弁してくれ、と名前の両脇に手を入れて足の上から下ろした。

「じゃあ私…お風呂入ってくる」
「おう。あ、わりーけど風呂上がったらここに布団敷いてくれっか?そこの押し入れに入ってるから。名前は俺のベッドで寝るんだろ?」
「うん。じゃあ後で敷きにくるよ」

そう言って急いで名前は着替えを持って風呂場に向かった。とりあえず早く熱を冷ましたい。思った以上に自分も身体が熱を持ってしまい、正直辛い。だけど、安静と言われている阿部に「抱いて」とも言えず。
名前はとにかく急いで湯船に浸かった。




「布団、ここでいい?」
「おうサンキュー」

お風呂から上がり、押し入れから取り出した布団を阿部のすぐ近くに敷いた。それにゆっくりと寝転がった阿部は、ふぅ、と息を洩らした。

「もう寝る?」
「んー?あー…そうだなー…」
「あの、さ、」
「ん?」

珍しく吃る名前に、妙に思いながら阿部は顔だけ上げた。そして彼女の表情から言いたいことを読み取り、ニヤリと笑った。

「くくっ、一緒に寝たいんだろ」
「や、あの……」
「ほら、来いよ」

体をちょっと横にずらして彼女のスペースを空けてやると、名前は遠慮がちにそこへ寝転がった。それを見て阿部は部屋の電気を消し、改めて横になる。

「ありがと…」
「いいよ」

阿部の胸にグリグリとおでこを押し付ける。そんな名前を阿部は優しく抱き込んだ。

「お休み、名前」
「うん。足に当たんないように気をつけて寝るね」
「たりめーだ。お前だって俺の悲鳴で起こされたくねーだろ」
「ふふ、お休み隆也」
「おー」

そうして、二人は身を寄せ合って今日と言う日の幕を閉じた。

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