「黒子っち何にしたの?」

「サンドイッチです」

「あ、ごめん、俺お湯入れていい?カップ麺」

「どうぞ」


何もいわずに雑誌コーナーへ向かっていく。お湯を注ぎ終わって迎えに行くと、視線に気付いたのか顔を上げて、読んでいた雑誌を無表情で棚に戻した。観光地の写真が載った情報誌。行きましょうか、そう口にして外へと向かう。

扉を開けた瞬間、地獄のような熱気に襲われる。ありがとうございました、店員の声は扉の閉まる音にかき消えた。


「黒子っち少食っスね」

「この暑いのにカップ麺を食べる黄瀬くんの気が知れません」


並んでゆっくりと歩く。手にしたカップの容器は今にも放り出したいくらいに熱い。


「あとどのくらいで終わりますか」

「んー、あとは英語だけっス。黒子っちは?」

「数学の問題集があと一章分です」


わん、響いた犬の声に道路を挟んで隣の道を眺める。のどかに散歩をする飼い主と犬の姿。普段は夕方、迎えに来るときにしか通らない道だから、こんな昼間の様子を見るのは初めてだ。

「付き合ってくれてありがとう」

「いえ」

俺たちは端から見たらどう見えるんだろうか。制服姿で昼ご飯を持って学校に向かって、友達同士にしか見えないんだろう、やっぱり。

アスファルトが熱気で歪んで見える。額の汗を拭うと、暑いですね、と呟く声。

うん、返事をして空いた手で指先を握る、汗ばんだ手。小さく息を呑む気配がして、そのあと、きゅ、と握り返してきた。犬とその飼い主は見えなくなった。学校へ向かう道には誰もいない、無人のコンクリートは太陽に灼かれてきらきらと光る。


「暑い?」

「いえ」


この問い掛けの対象は気温じゃなくて、繋いだ手の温度。

きっとあの飼い主にはただの友達同士に見えていただろう、
それでも繋いだ手が握り返される限り、俺たちは恋人同士だ。



夏休みだから出来ること。こうやって、誠凜に潜り込んで一緒に勉強することもその一つで。昨晩の会話を思い出す。いいですよ、明日は部活がないので。ダメ元で頼んだ電話口、その返答に心が踊ったのを覚えている。


「幸せ、だなー」

「そうですか?」

「うん。幸せ」


エアコンの音と黒子っちの走らせるシャーペンの音が響く。聞かれてもいないのに、何度も幸せだと呟く。俯せになったまま。
まるで言い聞かせてるみたいに。

…言い聞かせる?
どうして。


「ねえ黒子っち、俺のこと好き?」

「はい」

「そっか」


携帯を取り出すと画面は真っ黒。あらゆるボタンを押してみても光が点かない、どうやら電池が切れたらしい。

充電しようにも充電器は手元にない。諦めてポケットに押し込むと、ノートから顔を上げた黒子っちと目が合った。


「宿題。やらないんですか?」

「あ、…うん、」

そうですか、答えてまたノートに視線を戻す。伸ばしかけた手は空を掴んでゆっくりと落ちた。誰もいない教室、窓の向こうの蝉の音と、遠くでうっすらと聞こえる人の声。


ああそうか、
幸せと口にするのは、そうしなければ実感できないと思っているからだ。心のどこかで。

俺が触れようとしなければ、黒子っちは触れてくれなくて。好きと繰り返すのはきっと、言い続けなければ返ってこない気がして。


(もし、)

俺が好きと言わなくなったら、彼の口からこの二文字を聞くことはなくなるんだろうか。充電の切れた携帯みたいに、


「黒子っち」

伸ばした手は、今度は頬に触れた。エアコンで冷やされた氷のような頬を撫でると、こっちを見て、ゆっくりと瞬きをして。

「俺たちって恋人同士だよね?」

自己嫌悪ばかりが頭を占める、嫌になるのは言葉で確認しないと実感すらできない自分。
はい、と小さく答える声、その答えを聞いても頭の中はぐちゃぐちゃに混ざったまま。


「俺は黒子っちに触りたいんスよ」

「はい」

「黒子っちは俺に触りたくないの?」

愛しい人に触れたいと思うのは、触れ合いたいと思うのは俺だけなんだろうか。


「俺、」

抱きしめる。そんなの認めたくなくて。背中にそっと回った腕。分かっている、抱きしめれば抱きしめ返してくれることくらい。好きと言えば好きと返してくれることくらい。それだけでも嬉しいはずなのに、それさえ夢見ていた夜さえあったのに、人間はどこまでも無い物ねだりだ。


「…海」

「え?」

「海。行ってないです」

背中に黒子っちの腕を感じながら、後ろで響く声に耳を傾ける。


「うみ?」

「もう夏も終わるのにまだ一度も行ってないです」

「あ、ああ…そうっスね」


「さっきコンビニで気付きました」


そういえば、黒子っちが立ち読みしていたのはレジャーガイドだったかもしれない。多くの人が手にとったのか、ボロボロになっていた雑誌。


「じゃあ皆で行くっスか?青峰っちとか緑間っちとか誘って」


身体を離して尋ねると、違うんです、と返ってきた。意味が分からずに顔を見つめていると、小さく溜息をついて。そのまま胸にもたれ掛かってきた。


「我慢してるんです、僕だって」

「え?」

「皆と一緒じゃなくて、場所も学校じゃないところで、そうじゃないと、」


そうじゃないと、歯止めが効かなくなるから。

胸の中で小さく聞こえた声、腕は背中に強く巻き付いて。
触りたいと思ってくれてるの、尋ねると、そのままの体勢で頷いた。顔は見えない。でも、身体は、さっきよりもとても暑い。


「…触りたいときには触った方がいいっスよ」

「……そうしたらどうなりますか?」

「すごく幸せな気持ちになる」


ふいに上がる顔、頬に手が当てられた。熱い手。ぺた、ぺた、確かめるように何度か触ったのち、指先が唇に触れた。指先まで熱い、本当ですね、と呟く声。


「もっと触っていいですか」

そう言うとシャツの衿元を小さく掴んで、そのまま口付けられた。冷たい風が顔を撫でてひやりとして、直後、塩辛い、と呟く声が聞こえた。重なった唇が少しだけ動いて、微笑んでいるのだと分かる口の形。


「…どうして泣いてるんですか?」

「……大好きだから」


また指が触れる。そっと頬に、熱を帯びたままの彼の指が、
それだけでこんなにも愛しいと。


「多分、黒子っちが思ってる以上に」


この指は分かっていないかもしれない、それでもいい。感じる温度は嘘をつかない。


「僕もきっと、同じです」


そうして斜めに近付いてきて、それはまた塩辛かった。
触れ合う唇も舌も、全部。


しおからい、キスの合間にまた呟く声が、
あいしてるに聞こえたなんて、


言ったら君は笑うだろうか。そう考えながら瞼を閉じた。























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黄黒×宿題。


20120903
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