鈍い機械音を立てて照明が点いた。締め切っていた部屋は暑い。じっとしているだけで汗が滲んで、冷房のスイッチを探そうと動き回るも見つからない。


「火神っちも探して、スイッチ」

はいはい、返事をしながら後方に向かう、その後ろをついていく。それに気付いて振り返りながら、こっちにあるかどうか知らねーよ、と呟いた。いいんだ、背中を追いたかっただけだから。心の中でそう答えて、へへ、と笑うと、変な奴と返ってきた。少し笑いながら、客席の後ろ、階段を上ってすぐの管理室。


「あ、あった」

スイッチを押すとエアコンが作動する低い音。すぐに冷える訳もなく、汗ばんだ額を拭っていると目が合った。


「何スか?」

「別に」

そう煮え切らない返事をしたかと思うと、客席へと続く階段に座り込んだ。


「あっち座らないんスか」

「ここでいい」

ふーん、相槌を打ちながらスイッチを押して隣に腰掛ける。青い絨毯に覆われた階段、誰もいない客席。始まりを告げる音楽が響く。


「よく来ようと思ったっスね」

「送ってきたのお前だろ、」


返された言葉に小さく笑う。

『宇宙行かないっスか?』この一文を送ったのは2時間前、金曜の夜とはいえ何も言わずに駆け付けてくれるなんて、きっと世界中探してもこの人だけだろう。つくづく優しい人だと思う。

階段は狭くて、身じろぐだけで肩がぶつかる。あ、ごめん、悪い、瞬間的に出た謝罪は互いに小声で、目を合わせて笑ってしまった。他に誰もいないのに、午前3時のプラネタリウム。ここで働く知り合いに頼んで、今日の夜中だけ貸し切らせてもらった。


「始まらないっスね」

「壊れてんじゃねーの」

そんなはずないっスよ、管理室を見に行こうと立ち上がると、別にいいと腕を掴まれた。エアコンが風をかき混ぜて、ひんやりと身体をかすめる。

言われるがままに座り直すとさっきよりも距離が近くて、左腕がぶつかった。身長はほぼ同じ、座高は自分の方が少し低いくらい。ごめん、そう謝ったけれど返事はなくて、身体を傾けて覗き込む。


「何だよ」

「寝てるのかと思った」


寝てねーよ、そう返された瞬間、静かに照明が落ちた。ただひたすらに広がる闇。徐々に目が慣れて、隣を向くとうっすらと見える姿。斜め上を見上げている。

流れ始めたBGMを聴きながら眺め続ける。まっすぐに見上げたままの横顔。きっとそのうち寝てしまうんだろう、そうなっても責めはしない。午前3時を過ぎた今。学校が離れていて部活と仕事もあって、火神のマンションのインターホンを鳴らすのはいつもこの時間だ。眠いんだよと機嫌悪く言う声に、仕方ないじゃないっスか、と返すのがいつものパターン。文句を言いながらも寝ないで待っていてくれるから、足は自然と向かってしまう。

映し出される星の映像と語りかけるようなナレーション、このままじゃ朝まで二人爆睡するんじゃないか。そんな風に考えていると声が響いた。


「突然どうしたんだよ」

「プラネタリウムの事っスか?」


特に理由は見つからない、ふと思いついたから知り合いに電話して頼んだ。強いて言うなら一つだけ、



「いつもと同じ時間にいつもと違う場所で、いつもと違うことしたら楽しいかと思って」



そういえば、理由なんて。考えを巡らせる。特に最近は考えながら行動なんてしていなかったと思う。足が向く方向に動いていたら、今日ここに来ていただけ。足が向く方向に動いていたら、いつの間にか隣にいただけ、この人の隣に。怒りながら心配する人。文句を言いながら傍にいてくれる人。

いつの間にか、恋人と呼べる存在になった人。


「ねえ、火神っち」

「ん?」

「いつも、ありが、…」



言葉は遮られた。

目を閉じる。暗い、いつの間にか重ねられていた手。目を開ける、暗い。また閉じる。唇は重なったまま。








「あー、見てみて火神っち、あっちの方ちょっと空明るい」

「日ー出んの早いな」


時刻は午前4時を回っている。あの後はひたすら喋り続けて、結局解説なんて聞いていない。あの星座がパンに見えるだとか肉に見えるだとか、色気も何もない話題ばかり。そのうち朝食は何にしようかと考え出すから、和食がいいと言っておいた。

わざわざ貸し切った意味があるのか分からない、でも、意味がなかったとしても構わない。白んだ空に向かって、長い長い帰り道を二人で歩く。


街には誰もいない、まるで街まで貸し切ったみたいに。手を握ったら何も言わずに握り返してくれて、それだけで胸がじんわりして、それに気付けただけでも良かったと思う。

そう考えていると隣で呟く声が聞こえた。あー、朝練あるから寝る時間ねぇ。


「ごめん、付き合わせて」

「お前が楽しそうにしてんならいいよ」

「楽しそう?」

「違ぇの?」


当たってるっスよ、そう言いながら繋いだ手を振り上げる。この手の先にいるのはいつだって君がいい。一緒だから楽しいんだ、なんて、言わなくても分かっているだろうから口にはしない。



「朝ご飯は和食っスよ」

「んな手間かけてるヒマあるか、夜だ夜」

「りょーかいっスー」

何にしよう、次々と呟かれる献立と買い物の量に笑う。頭の中でちゃんと二人分考えてくれているのが嬉しくて。


「俺は練習昼過ぎからなんスわ、帰ったら寝よっと」

「ふざけんなお前」

額がはたかれて視界が陰った。遠くに見える雲の隙間から陽射しが差し込み始めた、夜はもうすぐ明ける。息を吸い込む。



「ねえ、」


部活の後待ち合わせて一緒に買い物しよう?夕飯の材料買ってさ、あとさ、俺マグカップ買いたい、お揃いの。



一気に言葉を吐いて、数秒。少し力が込められた指先に左を向くと微笑んだ顔、時折見せるこの表情に、恐らく彼の自覚はない。


ふいにじわりと広がった感情、これを何と呼ぶべきか。答えはもう分かっているから、その腕にしがみついて、名前を呼んで、笑った。

























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いつの間にか傍にいて、いつの間にか手を繋いでいた、そんな始まりの二人だといいと思います。



20120823



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