「予想はついていた」

「お前ダサくねそのリュック」

「うるさいのだよ青峰、お前にセンスがあるとは思えない」

緑間が眼鏡を直しながら言い返す。


「地黒で黒のTシャツとはな、どれだけ同化すれば気が済むのか」

「あぁ?」

睨み合う二人を横目に携帯の時計を開く。14時ちょうど。確かに緑間のリュックはどうかと思う、虫みたいな青緑。でもそれより、緑間が着ている蛍光黄緑のポロシャツに誰も突っ込まないのはどうしてだ。


「きせくんがきませんね」


声の方向、右下を見やる。俺のTシャツにジャージ、短パンのはずが小さいせいでくるぶしまで隠れている。スニーカーはついさっき店で買ったものだ。いつものショルダーはやっぱり今の黒子とほぼ同じ大きさで。


「?なんですか」

「…いや、別に」


ずっと肩車してりゃいいんじゃねぇの、そう提案してみたけれど、歩きたいんですと言うから買ったスニーカー。
子ども用の靴は大きさのわりに高いと思う、すぐに成長して履けなくなるのに。黒子の場合、明日にでも履けなくなる可能性があるのに。とんだ出費だ。


「あと一分だ、過ぎたら電車に乗るぞ」

「…あ。きました」


女の子に囲まれながら小走りで走って来る黄瀬の姿。遠くから叫ぶ声を無視して電車に乗り込む。


「間に合ったっスよー、お待たせ……あー!待って!」

「はやくしないとでちゃいますよ」

「乗れなくても良かったのになぁ」

「青峰っち聞こえてるっスよ!」



車内は思ったよりも空いていた、横並びの座席に座る。

緑間は本を取り出して、青峰は携帯をいじり出す。重心が定まらず、揺れに合わせてぐらつく黒子を膝の上に乗せて、寝ようと目を閉じた瞬間。隣の黄瀬が騒ぎ出した。


「じゃーん!トランプ持ってきたっスー!」

「うっわ、ガキかお前」

青峰の呆れた声。お前携帯でソリティアやってるの見えてんぞ、言いかけた言葉を飲み込んでトランプと黒子を見比べる。


「お前の手トランプと同じ大きさじゃねーの?」

「ちがいます」

「何するっスか?ババぬき?ダウト?七並べ?」

「普通に考えて横並びでトランプは無理だろう」


いつの間にか本を閉じている緑間、それじゃあ、とショルダーを漁る黄瀬。


「じゃーん!ゲーム持ってきたっスー!」

「お前すげーな」


どーりで鞄でかいと思ったわ、青峰が呟く。


「DSですか」

「この育成ゲームのキャラ黒子っちに似てるんスよ、名前は『たまっち』」

「……どんなゲームだ」


本をしまいながら尋ねている。緑間が食いついたのが意外だった。


「白いヒヨコを育てるんスけど、卵から孵すところから始まるんス」

「ぼくはヒヨコじゃありません」


確かに今小さいし、声高いし。反論を聞きながら頭をぐりぐりと撫でると、なんですか、と不満げに呟いた。


「でも妙にやる気がなくて、卵から孵すのが難しいんスよ。会話してある程度仲良くならないと出てきてくれないんス」


やってみるっスか?緑間に手渡されたDSを遠目に覗くと、画面の中央に白い卵。『はなす』『なでる』『さそう』のコマンドが並んでいる。


「…『さそう』とは何だ」

「卵から出て来ないか誘うんスよ。ほら、押すと…」


文字が浮かぶ。


『 いやです 』



「…なんてやる気のない卵なのだよ」

「似てると思わないっスか?」

「テツ、嫌ですって言ってみろよ」

「……いやです」

「あ」

「あ」



可愛い可愛いと、黒子に対する日常と変わらない賛辞をゲームに浴びせる黄瀬、お前うるせぇと青峰が頭をはたく。似てません、繰り返す黒子。緑間は押し黙ってひたすら卵に話しかけている。

こうしてみると、何だかんだ言ってバランスが取れているのが分かる。きっと普段からこんな空気だったんだろう。それぞれがいびつな形をした立体のパズルで、でも揃うと綺麗な立方体になるような。

そうこうしているうちに目的の駅に着いた、時間にして2時間。さすがに座りっぱなしは腰が痛い。朝から大騒ぎで何だか疲れた、少しでも寝れば良かったかもしれない。欠伸を噛み殺していると、小さくデニムが引っ張られた。


「かがみくん、かたぐるましてください」

「あ?さっきお前歩きたいって言ってたじゃねーか」

「つかれました」

「俺が肩車するっスよ!おいで黒子っち!」

「いやです。かがみくんがいいです」


ええー、肩を落とす黄瀬を横目に黒子を持ち上げる。いつもより体温が高い気がする、完全に子供と同じに思える。お前眠いの?そう尋ねると、子供扱いしないでくださいと返ってきた。今この姿で子供扱いをやめろって方が無理がある。





「んー気持ちいー、意外と緑多いんスね」

「あっちです」


昨日も見た駅の景色。歩いて十数分もするとキャンプ場の看板が見えてきた。


「っわー来たっスね!黒子っちとお泊まり!」

「俺達もいるが」

「うっせーよ黄瀬、小学生か」

「並んで寝るんスよ!皆で!」


騒ぐ三人を遠巻きに眺める。こいつらと寝泊まりって大丈夫だろうか。…どう考えても馬が合わなそうな奴もいるし。


「かがみくん」

ぺちぺちと額を叩かれた。上を向くと逆光、こっちを覗いている黒子。


「どうかしましたか、しずかですけど」

「…別に何もねーよ」


そうですか、呟く声を聞きながら騒ぎ続けている三人を眺める。


「…みんなわるいひとじゃないですよ、ちょっとかわってはいますが」

「あー。まー、分かってるよ」


すみません、小さな声。肩から下ろして正面に抱き抱えるとゆっくりと抱き着いてきた。ぼす、小さな音を立てる。



「ぼくのせいで。すみません」

顔を押し付けていて表情は見えない。迷惑をかけて、とか、思っているんだろうか。コイツは意外と考え込むタイプだから。


「バーカ、気にすんな」

抱きしめてぐちゃぐちゃと頭を撫でると小さく呻く、声はいつもと同じに思える。


「…ありがとうございます」

「お前らしくもねぇ、それにまあ小さいお前とか初めて見たし」

「……それはそうでしょうね」

「寝る時潰さねーか今から心配だわ、あー抱き枕にすればいいか」

「…にげます」

「逃げさせねー」


額を合わせる、どちらからともなく笑いが零れる。遠くから呼ぶ声が聞こえた。


「行くぞ」

「はい」


もう一度肩に乗せる、黒子の声はいつも通りに戻っていた。




「予約をしていないのですが空きはありますか?」

「ございます。料金前払いとなりますが宜しいですか?」

「大丈夫です」


受付でやり取りをしている緑間の横から料金表を覗き込む。思っていたよりも高い、個人で申し込むとこんなにするのか。


「ログハウスっスか」

「そうですよ」

高いと思ったのは青峰も同じようで、財布の中身を確認していた。


「今なら家族割引のキャンペーンがございますが、…お友達同士でいらっしゃいますか?」

「は…「いや家族っす」


割り込んでそう言うと、勢いよく振り返る眉を潜めた緑間の顔、え?と口を開けた黄瀬。青峰はまだ財布を見ている。


「ええと…ご家族、ですか?」

『お前は何を考えているのだよ、バレバレの嘘を…!』

『お前バカか安くなんだぞ!証明書出す訳じゃねーんだよ、つーか青峰見てみろ。あいつ絶対金ねぇぞ』

小声のやり取りが続いたのち、緑間が溜息をついて正面に向き直った。


「…長男です」

小さく目配せされる。まだ財布を確認している青峰を見ながら口を開く。


「えーと…俺次男の…コイツ三男?」


瞬間的に騒ぎ出した青峰を黄瀬が押さえる。

「あー俺四男でこの可愛いのが五男っス!」

「はあ…」

「わりびきになりますか」

どう見てもバレバレの嘘だ。難しい言葉知ってるのね、微笑んで見過ごしてくれたのは黒子のお陰かもしれない。


「わ、綺麗っスねー」

「つかキャンプっぽくねーな全然」


外にはバーベキュー用のセットが組まれていて、ログハウスの中にもキッチンがある。道具もある程度は貸し出してくれる設備の良さだ。鍋を選んでいたら、時間かかりすぎですと黒子にたしなめられたのを思い出す。


「買い出しに行くのだよ、食材も何もない」

「あ、きせくんが」


黒子が向いている方を見ると、黄瀬はまた女の子達に囲まれていた。少しやり取りをした後、緑間の声に気付いて小走りでやって来た。


「おっせーよ黄瀬」

「ごめんっス」

合流してきた黄瀬を見て、黒子が相変わらずですね、と呟く。どこに言っても囲まれて、笑顔で接し続けるのも大変だろうと思う。そう思いながら黄瀬を見ていると目が合った。


「んー、……罰が当たるとしたら…火神っち達くらいっスかね」

「はぁ?どういう意味だよ」

「いや。こっちの話スよ」


やっぱり抱っこしたいっス、そう言って腕を伸ばす黄瀬から黒子を取り上げて、また肩の上に乗せる。

何でっスかー、不満げな声を上げる黄瀬に、日差しが暑いと文句を言う青峰。先頭を切って歩く緑間から早く歩けと声が飛ぶ。

黙ったままの黒子、見上げると周りを眺めている。いつもより高い景色、まんざらでもなさそうに笑っていたのはきっと、気のせいじゃない。









to be continued...











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