たとえばそれは無理な話だと思う。

雨が地面にぶつかる音、霧がかった空気は白い。屋根の下からそれを眺めている、お互いに息が切れていて。


「通り雨ですね」

「ああ、すごいな」


それが単なる場繋ぎのためのものだったか、その意図は分からない。でもそこで会話は途切れた。遠くを走るバイクの音。止まない雨の音。少し落ち着いた二人の呼吸。

無言でいることを気まずいと思う人はいるらしい。自分はそうは思わない。右を向くと真っすぐに空を見上げている姿。見据えるような瞳、広がっているのはただ厚い雲と灰色の空なのに、まるで何かを捉えたような。両手にプリントの束を抱えたまま。黒子、口を開きかけた瞬間、言葉が響いた。


「止みませんね」

「そうだな」


雨の中に溶けていきそうな声。プリントを見やりながら、少し濡れてしまいました、一人呟く。部活動におけるアンケート。およそ10分前、職員室から出てきた黒子は一人きりで、火神と一緒じゃないのが珍しくて声を掛けた。

バスケ部の分のアンケート用紙です、代わりに持っていくようにカントクに頼まれたので。これから部活に向かうというから一緒に行くことにした。体育館までの近道に中庭を通っていたら夕立に遭って、二人で屋根の下に逃げ込んだ。そして今に至る。他の生徒の姿は見えない、バスケ部の皆は着替え終わった頃だろうか。


「行きましょうか、」


斜めに見上げてくる顔、表情。
髪から滴る雫が光っているだとか、それによって重みを増した髪が額に張り付いていたりだとか、


「まだ降ってますけど、」

そんな些細なことに気付いた瞬間、


「時間が……」


声は胸の中で掻き消えた。

触れずにはいられなかった。
そんな些細なことに気付いた瞬間、腕はもう伸びていた。



「…先、輩」

「うん?」

「これ、どういう意味ですか、」

少しかすれた声に、今すぐにでもその唇を塞ぎたいと思った。これは衝動だ、分かっている、でも、抑えることが出来なかった衝動。



「どういう意味だと思う?」


遠くない過去、狡い奴だと言われたことがある。それは今この瞬間に当てはまるかもしれない。どんな答えが返ってきても、離すつもりなんて最初からない。

触れた胸の鼓動が早くなっているのが分かる。意味は通じているらしい、普段から触ることがあっても、今日は違う意図を持っていること。



「逃げてもいいぞ」


腕の中で身体が強張るのが分かった。それでも逃げない。分かっているからまた強く抱きしめる。

力を込めると苦しげな声を上げる。身体を離すと少しだけ上気した頬。右手で包む。触れてから綺麗だと思った、そんなこと考えずに抱きしめていたから。こめかみまで流れた水滴を拭うと閉じられる左目。



「…ずるいです、」

知ってる。
もう一度抱きしめながらそう言うと、くぐもった声にならない声が聞こえた。


俺を見てなんて台詞は言わない、その必要はない。

だって知っていたから、触れる度にうっすらと染まっていた頬も、今こうして背中に腕が回されるであろうことも。

互いに好きとは口にしない。
腕をゆるめて腰を落として、顔を近付けて、そうしたらそっと目を閉じて、それだけで充分だった。聞こえるのは雨音だけ。


「ずっとこうしたかった」


好きなんて言葉、これからいくらでも言わせてみせる、だから今はいらない。…嘘だ、早く聞きたい、その口から紡がれる二文字が。



「…とりあえず、戻りませんか」

「嫌だな」

「え」

「俺、意外と我が儘なんだ」


小さくついた溜息がなんだか嬉しくてまた抱きしめる。目が合ってまた溜息、唇を塞いだ、笑いながら溜息をついているなんて、自分でも気付いていないんだろうと思いながら。



























*******
木黒×夕立。

ふたりの始まり。
両想いで、でもどちらも踏み出さずにいて、それを破るきっかけは木吉だといいと思います。



20120819
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -