鳴りっぱなしの携帯を無視し続けていた理由は一昨日の夜に遡る。


『明日からのお盆休みはどうするんですか』

『練習だな』

『そうですか、分かりました』


要望を言うつもりは最初からなかったから、差し障りのない言葉を並べて返した。頑張ってくださいね、僕も頑張ります。ありがとう。顔は笑えていなかったかもしれない、でもそんなのいつものことだし電話じゃ分からないだろうから、特に何も思わなかった。けれどその電話以来、メールも電話も返さずにいる。

別に拗ねてはいない、怒ってなんていない。でも電話に出る気は起きなかった。そろそろ彼が怒り出しているかもしれない、そう思いながら光り続けるディスプレイを眺めていた。


コンコン、
ふいに部屋のドアが叩かれた。

親なら勝手に入ってくるだろうと黙っていると、そのまま無音。


コンコン、
またドアが叩かれた。顔を上げるのも面倒で枕に顔を埋めたまま聞き流す、すると今度は声がした。


「ドア。開けて」

それは聞き覚えのある声だった。
瞬間的に飛び起きて扉を開けると、



「…赤司くん」

そこにいたのは今も鳴り止まない着信の主だった。無表情。軽装で手には袋を提げている、近所から歩いてきたというような涼しい顔をしているけれど、そんなはずはない。彼は今京都にいるはずで。


「…どうしたんですか」

「外、出る支度して」


質問の回答は得られない、促されるままにパーカーを羽織って外に出る。不満ではないけれどせめて、突然現れた理由の一つでも言ってくれればいいのに。前を歩く彼を眺める、何事もないかのように進む背中。ふいにその背中が翻った。


「テツヤ」


差し出された手。握ってしまう自分に、拒絶する意志なんて微塵もないと思う。理由を言わなくても逢いに来てくれたのは事実で、逢いたかったのも事実で。だからそっと指を絡めた。


「髪、伸びましたか」

「ああ。テツヤも伸びたね」

「京都はどうですか、」

「いい所だよ。夏は暑いけどね」


ぽつ、ぽつ、

たわいもない会話は核心を突かない。ぬるい空気の中。

けれどそのまま歩みは進んで、気が付けば河原に着いていた。手に持っていた袋を無言で差し出される。開けると中は全て線香花火だった。何十本あるか分からない、袋いっぱいの線香花火。



「…何で全部線香花火なんですか?」


笑みを浮かべてライターを取り出しながら、これが済んだら僕は帰るよ、と呟いた。また答えは得られずに。

河原でやって火事にならないんだろうか、火をつける様子をぼんやりと眺める。そう指摘してもきっと笑うだけだから、尋ねることはしない。小さな音を立てて赤く燃える先端と焦げた火薬の匂い。どこか哀しくなる匂い。


「綺麗ですね」

「ああ」


また、無言。

二人並んで、静かに燃える線香花火を見つめる。短くなって、ぽとりと落ちて、そうするとどちらかが新しい花火を手渡す。受け取ってまた火をつけて、繰り返し。


いつから上手く喋れなくなったんだろう、電話ならまだ話せるはずなのに、どうして。逢わないことが普通になっていたんだろうか。



「はい、テツヤ」

「ありがとうございます」


ああそうか、いつしか大事なことは聞かなくなっていたんだった、聞いて理想と現実の違いに悲しくなるのは自分だから。そうして彼も大事なことは口にしなくなった、それが僕を悲しませない為かどうかは分からない。

でも、それがいつしか透明な溝になっていたのは事実だった。上手く言葉を交わすことが出来ない、今みたいに。


「赤司くん、花火なくなりましたよ」

「本当だな」

「帰りますか」

「ああ」


終わったら帰ってしまう、彼の言葉を思い出して、気が付けば彼の腕を掴んでいた。



「赤司くん、」



かさりと音がした、
それは彼の前髪が顔にかかる音で。

認識した瞬間、そっと唇が触れて、離れた。



「…どうして来てくれたんですか?」

「電話もメールも無視しただろ」

「……はい」


俯くと覗き込まれて、顔を背けるより早く唇が触れた。最後にキスしたのはいつだったか、分からない。でも、少なくとも寒かった、触れた唇だけが温かかったのを覚えている。

唇が離れる、最後まで近くに感じていたのは、遠くの電灯が反射して白い光を宿した瞳。黙って歩き出した背中を追いかける。


「テツヤ」

差し出された手を握る。先程よりもあたたかい、夏の夜、湿気でべたつく空気の中。それでもそのまま繋いでいた。


「また来るよ」


横を見上げると視線がぶつかる、次はいつとは答えない。僕もいつかと尋ねはしない。それでも繋いだ指先に力を込めると小さく握り返してくれた、だから今日は、一つだけは言うことにした。


「電話に出なかったら、また逢いに来てくれますか」


少しだけ表情が止まって、小さく溜息をつく。中学の頃にたまに見た顔。キャプテンとして存在感を放ち、一瞬で皆を黙らせる力を持ちながら、時にそれが発揮出来ないときに見せた顔。キセキの皆が騒いで収集が付かなくなったとき、小さく溜息をつきながら。

いつもはそのすぐ後に怒りを見せて黙らせていたけれど、


「弱ったな」



笑っていた。今日は。


「僕はテツヤには弱いんだよ」

「知ってます」

「テツヤは逢いに来てくれないの?」

「…考えもしませんでした」


少し笑って、また、無言。

赤司くんが笑った顔を見たのはいつが最後だったか、思いだそうとしたけれど無理だった。


次に逢えるのはいつだろう、次に逢えるときには今日のことも忘れてしまっているんだろうか。線香花火を燃やした分だけ側にいたはずなのに、いつか記憶は薄れてしまうんだろうか、もやがかかったみたいに。

そんなのはもう、嫌だ、



「赤司くん」


シャツの裾を掴む。ぴたりと足が止まって、振り返り、目が合って。そのままふわりと抱き寄せられた。どうした、と尋ねる声は電話越しに届くものと同じで、けれど体温はすぐそばにあって。



「…分かってるでしょう、」


語尾はかすかに濁って、鼻声で潤んでしまって、それでも、ああ、と答える声が頭上で響いた。届いている。確かに届いている、電話越しでなくても、今。


「行っちゃ、嫌です」


このまま腕を離さなければ行かないでいてくれるんじゃないか、そう考えながら必死に胸にしがみつく。子供じみた考えだと言われたっていい、子供だと認めることでその願いが叶うなら。


「テツヤ」

「電話越しはもう、嫌です」


君は冷静に諭すだろうか、それとも冷酷に突き放すだろうか。分かりきった結果に向かう過程を想像しても意味はない、それでも。



「逢いに来るから。絶対に」


ああそうだ。この人の約束は絶対だ、分かっている、今顔を上げたらきっと笑っているであろうことも。
目が合ったらまた頷いてしまうから、だから必死に頭を押し付けた。決して目が合わないように。



「どうして線香花火を選んだか分かる?」


耳に入る声全てに聞こえないふりをして、ただ嫌ですと繰り返した。どうかもう少しだけこのままでいられるようにと願いながら。



「出来るだけ長く一緒にいたかったからだよ」



顔を上げて、瞬間顎をすくい取られて、もう一度キスしたいと頭の片隅によぎらせた、10秒前の自分に少しだけ思いを巡らせて。

そのまま目を閉じた、聞こえた言葉を頭の中で繰り返しながら。外気温より暑い腕の中。



























*******
赤黒×花火。

突然逢いに来てくれる赤司だといいと思います。

電話でのやり取りが当たり前になって、直接会うと上手く話せなくて、それでも気持ちは通じていて。やっぱり一緒にいたい黒子と赤司。



20120816
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -