ある日携帯に見慣れないマークを見つけた。メールがセンターに溜まっているという赤い印。
どうやら保護メールがボックスを塞いで、受信することが出来ないらしい。そんなに保護してたもんあったっけ、心で疑問を口にしながら受信ボックスを開く。
保護マークのついたメールの差出人はただ一人だった。
黒子テツヤ、名前を目にしただけで心がざわりと波立つ。
少し躊躇った後に保護メールを開いた。
内容はたわいもない日常のもの。明日の待ち合わせ時間、部活の連絡事項、毎日続いていたメールはある日をきっかけにぷつりと途切れている。
自分はそのメールを全て保護していたらしい。別れを告げた最後の日、あらゆるやり取りを無表情で保護し続けていたのを思い出す。いや、無表情でいただろうか。分からない。
「テツ」
久しぶりに口にした名前は、重く響いた。静かな部屋にも自分の耳にも。
瞬間、けたたましく携帯が鳴り響いた。
ディスプレイには桃井さつきの名前。うるさくて世話焼きで涙もろい幼なじみの名前。用件は手に取るように分かる、部活へ来いという催促だろう。
「テツ、」
もう一度呼んだ名前からは、今度は懐かしさを感じた。
バスケを続けているだろうか。
バスケを続けていれば、また逢えるだろうか。
何事もなかったように、願わくばそうありたいけれど、自分がそんな態度を取れないことは分かっている。誰よりも。
大ちゃんって不器用だよね、同情するように笑ったさつきの顔と声を思い出して舌打ちした。
いつしか鳴り止んだ携帯を持ち上げて、メール画面を立ち上げる。
保護設定を解除しようと動かした指、
ああ、消せない。
そう思う前に、指は電源ボタンを押していた。長押し、自分の感情を隠したい気持ちと見つけたい気持ちが折り重なって混ざった数秒間。
恐らく電話番号は変えていないだろう。メールアドレスも変えていないと思う、そういう区切りをつける奴じゃない。ただ、だからといって連絡に応じるかは分からない。
ボタン一つで電話を掛けることもメールをすることも可能だ、歩けば逢いに行くことだって。でも足は動かない、到底動きそうにもない。
逢いたい?
さつきの声がまた浮かんだ。
私は逢いたいよ。
「…お節介」
あいつはいいな、感情をすぐ表に出せて。好意を見せることができて。
俺だって、
「…俺だって逢いてーよ」
そう口にしながら、逢ったらまた逆の態度を取るんだろうと想像して、そんな自分を嘲笑う。
「なあテツ、」
はい。
鳴らない電話を耳に当てれば、いつもの声が聞こえる気がする。どこまでも透き通って毎日隣で聞いていた。
「逢いたいよ」
そうですか、
そんな声が聞こえたような気がして、ベッドに倒れ込んでひとり笑った。電話を耳に押し当てたまま。
*******
時間で言うと中学卒業後、再会するまでの間くらい。
20120724