「黒子っち!」
「また来たんですか」
休み時間の度に来ているんじゃないだろうか、溜め息をついて次の時間の教科書を取り出す。
「俺のこと待ってた?」
「…待ってません」
ええー、なぜか嬉しそうな声で笑う。
まあ、だからといって追い返す訳ではないけれど。
「黒子っちと隣の席が良かったなー」
呟きながら窓際に移動する。
同じクラスだったらどうなっていただろう、今よりも騒がしかったに違いない。
「席替えとかずっと隣でさ、」
「…それは無理じゃないですか」
「いや、どんな手を使ってでも死守してみせるっス」
「またそういう…」
「あっ、どうにかすれば今からでも同じクラスになれるかも」
「………やめてください」
黄瀬くんだと有り得そうで少し怖い。
いとも簡単に周囲を操ってしまいそうだ、
この人は妙に人を惹き付けるから。
だいたい、黄瀬くんと隣の席になりたいと願う女の子は、星の数ほどいそうなのに。
僕と隣がいいだとか、何を言っているんだろうか、この人は。
「ねえ黒子っち、こっち来て」
「……嫌です」
カーテンにくるまって手招きしている。
何か企んでいそうな顔だ、無視しようと顔を背けると、突然小さな悲鳴が聞こえた。
「黒子っち、黒子っち!」
「なんですか?」
カーテンに包まれて騒ぐ長身、おかしいことこの上ない。
「ボタンが引っかかって取れないっス!」
「…何やってるんですか」
「助けてー」
「もう…」
仕方ない。
こんな姿さえ、ファンの子たちは喜ぶんだろうか。
そんなことを考えながらカーテンの裏側に回る。
「どこですか?」
「ここ、左腕の袖口の…」
厚い布を掻き分けて中に入る。
辺りが闇に包まれる、少しだけ埃の匂い。
「…あ、あった」
見つけた袖口を引こうと、腕を伸ばして身体を寄せた瞬間、
「……なーんて」
一瞬見えた薄い微笑み、
それはすぐに消えて。
「………んっ、…!」
何秒たったのか、ふいに顔が離れて、
唇が重なっていたのだと気付いた。
「…したくなっちゃった」
向かい合う目はやけに艶めいた色、
手首はいつの間にか掴まれていて、
触れる箇所が妙に熱い。
「…じゃあまた後でね黒子っち、…部活で」
笑いながらそう言うと、するりとカーテンから抜けて消えた。
僕の足は、動かない、
…違う、
動けない。
「………黄瀬、くん」
なんとか絞り出した声は、自分でも分かる程にかすれていて。
まるで早鐘のような心臓の音を、その理由を考える思考よりも速く感じながら、
ひとり、立ち尽くしていた。
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キスから始まる恋。
2012、黄瀬誕生日。おめでとう!