部活前の更衣室はいつも通り騒がしい。
一段と大きな音でドアが開かれる。



「何なのだアイツは!」


そこに現れたのは、苛立った様子で眼鏡を直す緑間だった。指先が傷つかないよう丁寧に開け閉めするドアも、今日は心なしか乱暴な音を立てる。



「ミドチンどうしたの〜?」


目の前でお菓子を頬張る紫原がのんびりと尋ねる、
その口調が余計に緑間を苛立たせていることに彼は気付かない。


「口に物を詰めたまま喋るな!」

「もう飲み込むしー。ねー赤ちん、もっとちょーだい」


あーん、と言って差し出すと、躊躇いなくあーと大きく口を開ける。
その口にお菓子を放り込みながら横目で見ると、緑間は先ほどよりもさらに苛ついた様子で眼鏡を直していた。


「それで?どうしたんだ、緑間」

「赤司、アイツは来ているか」

「アイツって?」


きょろきょろとレーダーのように辺りを見渡す緑間。
と、僕の斜め後ろで視線が定まった。

振り返るとそこには、黒子にひたすら話しかけている黄瀬と、だるそうな顔をしてそれに混ざっている青峰。緑間は鞄に手を入れながら三人に向かって歩き出す。


「ねー赤ちん、どうしたのあれ」

「さあ。ターゲットは誰だろうね」


緑間が立ち止まったのは、


「もう二度と青峰には辞書を貸さないのだよ!」


青峰の目の前だった。突然の登場と怒りに、黄瀬は呆気にとられた様子で緑間を見つめ、黒子はいつもの無表情で無言。その傍ら、当の本人である青峰は飄々としている。


「何なんだよ緑間」

「それはこっちの台詞だ」

睨みつける視線を鞄に戻すと、何かを取り出す。それは、



「何なのだこの折りジワは!!」


緑色の辞書だった。


「緑間くんだから緑色なんですか」

「今はそういう話はしていないのだよ、黒子」

「緑間っち、未だに紙の辞書なんスか?ラッキーアイテムが電子辞書だったらどうするんスか」

「黄瀬、お前もうるさいのだよ」


そう言って辞書を開くが、ここからだとよく見えない。紫原を目で促しながら騒動の渦中へ足を踏み入れる。
ああ、開く度にページがよれている箇所がいくつか。少しでもよれてしまうとページの間に隙間ができて、閉じても妙にボリュームが出てしまうのだろう。見た目もあまり良くはない。


「折りジワがどうかしたんですか?」

「二つある。一つ目、どうせお前のことだ、辞書の上で寝ていたんだろう」


指を指された青峰はだるそうな顔をして後ろ頭を掻く。


「大当たりー」

「大当たりじゃない!二つ目、使わないなら借りるな!大体人から借りた物を雑に扱うとはどういうことだ」

「とりあえず机の上に置いときゃ平気な先公なんだよ」

「置くだけなら開くな!」

「てゆーかさあ」


ずしりと背中にのしかかる重み。振り返ると紫原が飴を舐めながら、俺の頭の上に顎を載せている。重い。



「黒ちんに借りればいいじゃない?」

お菓子に夢中になりながらも意外と話を聞いているんだな。逆に感心してしまう。



「たまたま移動授業で会えなかったんだよ」

「ああ、今日は体育がありましたね」


目の前で恋人が罵られながらも全く気にする素振りはない。黒子は緑間のような被害に遭ったことはないのだろうか。


「あっ!もしかして俺がこの間貸した…」


突然隣で騒ぎ出す声。見ると黄瀬が慌てた様子で立ち上がった。



「黄瀬も何か貸したのか?」

ロッカーに顔を突っ込み、鞄を漁りながら黄瀬が答える。

「青峰っちにね。現代文でやってるやつ、夏目漱石の『こころ』貸したんスよ。別に返されてから中とか見てなくて…あー!!」

「どうしたのだ?」

「落書き!めっちゃ落書きされてるっス!」


ページをめくる度に余白に描かれた文字や絵。小学生並みだな、と緑間が呆れながら呟く。


「居眠りとかうるせーだろ?現代文の田中。だからとりあえず何か書く」

「落書きじゃなく黒板の文字を書くのだよ!」

「ギャーギャーうっせーな!バスケで勝てばいいんだろーが!」

「いやこれそういう問題じゃないんスけど…」


青峰は舌打ちをすると、俺もう体育館行ってるからな、と吐き捨てながら更衣室を出て行った。反省の色のない、怒られて拗ねた子どもと同じだ。



「あ!ちょっと青峰っち!もー…」

被害者である黄瀬は放置されたままだ。


「あんな彼氏持って大変っスね、黒子っちも」


文庫本をしまいながら黄瀬が苦笑する。
もう終わりなの?と頭上で呟くと、紫原の頭の重みはなくなった。


「いえ、別に」


対する黒子の答えは意外なものだった。



「青峰に物を貸すと大変だろう?」

同情の視線を寄せる緑間に対して、表情を変えずにそちらを向く。


「いえ、けっこう可愛いですけど…」

「可愛い!?どこがっスか!?」

「見ますか?」



鞄から取り出したのは、黄瀬と同じ夏目漱石の『こころ』だった。
何の気なしに覗き込む。
余白に書き込みがあるのは同じだったが、


『授業つまんねー』

『テツに逢いてー』

『テツー』

『今日一緒帰る』



「ね?」

「…これは何スか?交換日記っスか?」

「黒ちんたち、あまーい」

「……練習に行くのだよ」


さっさと支度に取り掛かるメンバーに、あれ?と首をかしげる黒子。
どうやら自覚はないらしい。


「あ、青峰っち戻ってきた」

「あっテツてめー!見せやがったな!?」

「ねえねえ赤ちん、お菓子もうない?」

「また帰りに買おうな、紫原」

「いい加減練習を始めるのだよ!」





時計の針は四時を指す、

喧騒はまだ、収まりそうにない。















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帝光時代。
紫赤も少し。
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