馬鹿は風邪を引かない。
夏風邪は馬鹿が引く。
じゃあ、俺はどっちだ。
…なんて考えていたら、馬鹿らしくて余計頭が痛くなった。
「具合はどうですか、火神くん」
「…………あー…」
情けないことに呻き声しか出ない。
身体は熱く火照っているのに妙に寒気がして、布団を首まで引き上げる。
「タオル替えますか」
「…サンキュ」
風邪が移るからいいと言ったのに、黒子はこうして看病しに来てくれた。
熱を計ったりタオルを絞ったり、
意外と手際のいい動きに、半ばぼんやりとした頭で感心する。
「38度5分、…高いですね」
「っ、」
前髪の触れる音がして額同士がぶつかる。
黒子の顔がすぐそばにあって、キスをしたい気持ちと、風邪が移るからと自制する理性が葛藤して。
「っん、…っ」
…理性はあっけなく負けた。
ちゅ、と小さな音を立てて唇が離れる。
「……駄目、でしょう」
大人しくしてないと治りませんよ、横を向いて小さく呟く、
少しだけ頬を赤く染めて。
ああ、『風邪が移るから嫌』じゃないんだな。
それが妙に嬉しくて、口元がニヤつく。
「っぶ」
「なに笑ってるんですか」
顔を朱くしたまま、濡れタオルを投げつけられた。
「てめ、看病する気あんのかよ」
「元気そうで何よりです」
口ではそう言いながらタオルを直すと、髪を柔らかく撫でられた。
「寝ていてくださいね」
「…おう」
「食べたいものありますか?」
「なんか、病人食みたいな…喉ごしのいいやつ」
「分かりました。材料買ってきますね」
「………えっ?」
思わず身体を起こす。
駄目ですよ、と寝かせにかかる黒子の顔を見つめる。至って真面目な顔だ。
「…お前が作んのか?」
「はい」
きょとんとした顔。
「お前、料理とか作れんのかよ」
「失礼ですね、作れますよ。多分」
「……多分?」
「多分」
きっぱりと言い切る黒子、料理を作る機会なんてなさそうだし、どちらかというとマイナスなイメージしか浮かばない。
でも俺のために作ってくれようとする気持ちが嬉しくて、首を引き寄せ口付けた。
「じゃあ、行ってきますね」
「…おう」
ドアが閉まるのを確認して、急いで着替える。
料理の中身も気になるけれど、ちゃんと買い物出来るだろうか、ぼーっとして事故に遭わないだろうか、賞味期限とか気にしないで買いそうだし、母親みたいな心配をしてしまう。
動く度に頭がガンガン痛んだけれど、それよりも不安の方が勝って、後ろからついていくことにした。
「…さみー………」
もっと厚着すればよかった、と後悔しながら。外は長袖一枚で汗ばむくらいの陽気だが、スーパーの中は鮮度を保つために冷房が効いている。
余計風邪をこじらせてしまいそうで、急いで黒子を探すことにした。
「………いた」
買い物カゴを持った黒子の姿。
カゴの中にはまだ何も入っていない、真面目な顔をして商品棚を見つめている。
と、思い立ったように棚に手を伸ばし、白い袋を中に入れた。
「何だあれ……白粥か」
炊いた米が家に残っているからそれで作ることもできるけど、まあ温めるだけの方が楽だからいいか。お粥なら胃にも優しいし、要らない心配だったかもしれない。
黒子が移動する、青果売り場だ。
先ほどとは変わって、迷わずに商品を選んでいく。
手に取ったのはニンジンだった。
「刻んで入れるのか?」
野菜粥と考えれば納得がいく。
次に手に取ったのは、
「…タマネギ!?」
……野菜粥にタマネギ、確かに栄養は豊富だ。正直、粥に合う食材ではないと思うけれど。
「あ、移動した…」
向かう先にあるのは精肉売り場だ。
「……肉なんていらねーんだけど…」
いつもは黒子の何倍も食べるし、肉は好物だけれど、さすがに今は胃が受け付けない。
まあ、鶏のささ身とかで、茹でてさっぱりした味付けにするのなら、…
「挽き肉!?」
なんでだ、クラクラとしてきた頭を支えて黒子を追いかける。
ハンバーグでも作るつもりなのか、アイツは。
棚の間に見つけた黒子はすでに商品を手に取っていた。持っていたのは、
「なんでデミグラスソースだよ!!」
「……あれ、火神くん?」
「………あー……」
しまった、思わず大声で突っ込んでしまっていた。
不思議そうな顔をして缶をカゴにしまい込む黒子。
「どうして出て来たんですか?寝ないと治りませんよ」
「お前こそ何買ってんだよ!危なっかしくて見てらんねーよ!」
「何って、デミグラスソースですけど」
不満げな顔をしてこっちを見やる。
「お前、煮込みハンバーグでも作るつもりかよ」
「いえ、ミートソースを」
「粥でか!?」
「あれ、最初から見てたんですか」
材料は確かに辻褄が合う。
けど、熱のある人間にミートソース粥を作ろうとするとは。
「………なんでミートソースなんだよ」
「喉越しがいいかと思って」
いや、それ、粒が細かいだけだし。
「確実に胃もたれするだろそれ…」
「火神くんお肉好きでしょう?」
「…まあ、そうだけど」
「違いましたか」
これが一番だと思ったんですけどね、表情を変えずに呟く。
…黒子は黒子なりに、色々考えていてくれたようで。
そう思うと突然、抱きしめたい衝動に駆られた。
「黒…」
「駄目です」
腰を引き寄せかけた瞬間、全力で押し戻された。
「病人に冷たくすんじゃねーよ」
「今どこにいると思ってるんですか」
「…スーパー」
「ね、駄目ですよ」
まっすぐ見つめながら言われて、何も言い返せなかった。
「………畜生…」
呟くと小さく笑って、背中をぽんぽんと撫でられた。
「食べ物、どうしますか」
「…とりあえず白粥だけでいーよ」
「そうですか?」
「俺、今あんま食えねーから。戻すぞ」
「はい」
せっかく作ろうとしてくれていたのに、悪いことをしたかもしれない。
勝手に割り込んで勝手に返して、怒っているだろうか。
そう思って横目で黒子を見ると、目が合って、額に手が置かれた。
ふわりと微笑む、
「熱、だいぶ下がったみたいですね。よかった」
「…ああ」
「帰りましょう」
ああ、違うな。
心配とか色々言ってみたけど、
それは口実で、
ただ一緒について行きたかっただけだ。
家で一人、帰りを待つのが嫌で。
「………ありがとな」
「いえ」
黒子の左手を取ると、きゅ、と力が込められた。
「……今度一緒に料理作るか?」
「いえ、いいです」
「即答かよ」
「料理を作る係は火神くんでお願いします。僕は掃除とか洗濯の担当で」
「……しょーがねーな」
手に持つ荷物の重みが嬉しい。
今は一人のものだけど、
いつか二人の家路になる道路、
強くなる日差しの中、繋いだ手を握り返した。
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やなぎにアスファルト。
土瀝青(どれきせい)…アスファルトのこと
アスファルト=帰り道と火神、柳=黒子のイメージ。
20120530