言葉で説明するよりも早く、大丈夫ですか、とテツヤが尋ねた。僕が咳き込んだからだ。いや、時系列で辿るのなら、僕が彼に連絡をしたから彼はここに来て、その発言をするに至ったのだ。

具合が悪い、と一言。メールで。

そうしたら彼は想定していたよりも大分早く到着した。メールをしてから数時間。土曜日とはいえ京都と東京の距離を考えるに、連絡を受けてすぐにこちらに向かってくれたのだろう。


「何か食べたいものはありますか」


大抵の物は買ってきたんですが、と言いながらスーパーの袋をテーブルに置く。


「ありがとう。でも食欲がないんだ」

むしろ、動物学的な考え方をすれば、何も胃に入れずに横になる方が良いらしい。食べることによって栄養を摂るよりも、消化に使うエネルギーを快復に当てた方が効率が良いと。

それらの説明を口にする気力もなく、眠るという選択肢を選ぶことにした。

「熱。測りましたか?」

「ああ、朝には38度5分だった」


熱ですね、と言いながら僕の額に手を当てる。それは少しだけ冷たく感じた。自分の体温だけでは分からないもの。熱の温度と、それから。


「部活は大丈夫なのか?」

「問題ありませんよ、テスト前でちょうど休みだったんです」

「そうか、僕もだ」


新幹線の中で勉強していたんですが揺れるとなかなか難しくて、そう喋りながら持ってきた荷物を次々と片付けていく。


「今日、泊まっていきますね」

「無理しなくても」

「僕が心配なんです」


テツヤはいつからこんなに甲斐甲斐しくなったのだろう。自分の意見を主張するようになったのは、いつから。記憶をなぞってみても朦朧とする頭では答えは出ない。ああ、それほどに僕が弱っているのだ、と実感しながらベッドに潜り込む。


見上げると、ベッドサイドに座ってこちらを見つめるテツヤの顔。逢瀬と呼べるほどの頻度なのだから、出来れば健康な状態で逢いたかった。そうすればもっと多くの話をして、空いた時間を少しでも埋めることが出来るのに。

腕を伸ばすと頬に触れるより早く、その指先をすくい取られた。熱いですね、と一言。そのままテツヤの頬に当てられた。ひやりとしたそれは、恐らく人にとっては平常の体温で、自分が熱を出しているから感じる違和感とは分かっていたけれど、一瞬死をちらつかせるには充分な温度差だった。

死。

それは肉体にとっての死であり、
僕にとっては精神の死であり。



「テツヤ」

「はい」

「もしこの先、僕が先に死んだら、花束を供えてくれたら嬉しい」


瞬間、何か言いたげに眉をひそめる。けれど不満を口にはしなかった。どうやら付き合いの中で学んだらしい。僕と、そして意外にも頑固なところのあるテツヤが口論することは無意味で、それは平行線に終わることを。


「どんな花がいいですか」

「赤いバラの花束を」


名字と重なるその色を選んだのは、アイデンティティなんて例えにするつもりはないけれど、その色と形が気高さを象徴しているようで好きだった。
全ての完成形と呼ぶにふさわしいフォルム。花弁の角度一つとってみても、儚さと危うさをはらんでいて、それさえ美しく思えた。


「本数は?」

「お任せするよ。強いて言うなら死んだ時の年齢で」

「亡くなった時の年齢、ですか」

「そう」


ああ、
聞かないんだね。

テツヤの口調を借りるならば、

『君が死ぬというのは、君の心臓が止まった時ですか。それとも、君という存在が赤司くんの中から消えた時ですか』


と。
恐らく分かっていて、問わない。

俯く彼にはそれでも通じているのか、僕の指先を掴む力が少し強くなった気がした。



「一つ、覚えておいてくれないか」

「何ですか?」

「僕が僕でなくなったとしても、変わらないと」

「変わらない?」

「お前への想いは」


身体を起こしてその頬に触れる。
体温から感情を読み取ることは出来なかった。

風邪が移ってしまう、と頭の片隅によぎって、けれどそれは一瞬でかき消された。今この瞬間に逢いたいのはテツヤだから、だから彼を呼んだのだ。

唇を重ねると、掴まれていた力は少し緩んだ。
あと何度こうして交わせるのだろう、

人は生まれるときも死ぬときも一人きりで、でも。


覚えていて欲しいなんて。口先ではまるで想いを彼に預けるように見せながら、それは全て僕の願望で。


本来生まれるはずのない僕はきっと、
いつか消えてしまうんだろう。


覚悟はある。それがどの時間軸か、予想することは出来ないけれど。

その瞬間せめて、彼の顔が見れたなら。
指に、頬に、触れられたら。


そうして、


「お前の腕の中で消えたい」



望みだ。限りなく叶わない願いに近い。


テツヤの腰に腕を回して、そっと抱き寄せる。
額に額を合わせると、体温が彼に伝わっていく気がした。
そうしてこのまま全て溶けて、一つになれてしまえばいいのに。


「何を言っているんですか」


静寂を破ると同時に、テツヤの腕が背中を回る。ぎゅ、と、彼にとっての精一杯の力が込められて。


「君は今、僕の腕の中で生きていますよ」


だから、そんなこと。

かすれて消えていくように呟いた声は、まるで嘆願しているみたいに。

ああ、僕らはどちらも願っていた。



「…そうだね。らしくないことを言った」

「本当です。早く良くなってくれないと困ります」


そう言って、布団に寝てください、と倒されて。
なんだかいつもと逆だねと感想を述べると、それじゃ今日は、と、テツヤから口付けられた。

悪くないと思ったけれど、それを口にしたらもう二度と彼からはしてくれない気がして、心の中に留めておいた。


「僕、行ってみたいところがあるんです」


あまり京都は来たことがなくて。
そう言って彼は笑う。

その笑顔にどれだけ救われているかなんて、きっと彼は知らないだろう。


「場所はどこだい?」

「これ、本買いました」

「端から攻める?」

「それも悪くないですね」


ああそうか、今はただ。
こうして二人で歩く道を想像していたい。
今、確かに僕は彼と向き合って、こうして意識を持っているのだから。



「テツヤ、もう一度キスしてくれる?」

「赤司くんからそんなこと、…珍しいですね」

「熱のせいにしておいてくれないか」

「分かりました」



それじゃ、もう一度。

そう言って落とされた口付けはまるで、眠りから覚めるおとぎ話のそれに思えた。















*******
"僕"の赤司にとって死はふたつあり、
その最期について想定していたのではないかと。
傍で消える未来を願う赤司と、傍で生きる今を想う黒子。

20170718


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