「赤司っちってたまにね、気難しいところがあるんスよ」

「気難しいとかじゃねぇだろ、あれは厄介っつーんだよ」

「青峰。口の利き方には気を付けろ、そういう時に限って赤司が現れる。それで何があったのだよ」

「ちょっと黄瀬ちん〜、そこのポッキー取ってくんない?」

「一言で言えばケンカしたんスわ。はい、紫原っち」


店の中でお菓子出しちゃダメっスよ、とたしめてみるも彼の耳に届くはずはなく、瞬間的に袋を破ると数本口に放り込んだ。

青峰っちが音を立ててコーラを飲み干すと、そんで?と続ける。


「ケンカってお前、赤司相手に度胸あんな」

「別にしたかったわけじゃなくて。いや、したかったんスけど」

「はぁ?」

「…何となく分かったかもしれません」


ざわつく店内に黒子っちの冷静な声が響く。響くとはいっても、彼の存在に対せばやや大きいものといった程度で、決して大声な訳ではない。

飲み足りなかったのか、青峰っちが黒子っちの目の前にある飲み物を取って口をつける。甘ぇ、と一言。

シェイクですから、とその手から取り返すと、今度は斜め前から腕が伸びてシェイクは奪われていった。犯人である甘党を黒子っちは不服そうに見つめる。


「要領が得られん。具体的に説明しろ、黄瀬」

「そうっスね、昨日赤司っちがうちに遊びにきたんスよ。で、喧嘩して」

「オイ色々はしょりすぎだろ」



お菓子なくなっちゃったんだけど、と手当たり次第甘いものを探し始める紫原っちに、緑間っちが鞄から取り出したまいう棒を手渡す。


「お前なんでそんなん持ってんの?紫原の仲間入りか?」

「違うのだよ。今日のラッキーアイテムがまいう棒だっただけだ」

「つまり遊びに来た赤司くんが嫌がる何かをしたんですね?」

「ああ、俺の話を真面目に進めてくれるのは黒子っちだけっスよ…まあ一言で言えばそういうことっスわ」



先週の日曜日のこと。

赤司っちを家に誘った。たまたま部活の休みに重なったのがその日、家人が全員用事で不在というのは伏せて。

下心がないと言ったら嘘になる。でも家に呼ぶのは初めてではなかったし、まさかそれによって起こった喧嘩が、翌日である今日まで長引くことになるとは思っていなかったから。


『帰る』

『待って待って!何もしないっスから!とりあえず部屋行こ!』


飲み物を出して、たわいもない話をして。部活だとかクラスのことだとか。
そうして一時間あたりが過ぎた頃、赤司っちが無言になった。どうやら眠くなったらしい。ベッド好きに使ってどうぞ、と言ったらやけに素直に従って、もぐり込むとそのうち静かに寝息を立て始めた。



「で、襲ったっつーわけ?」

「未遂っスよ!…だって赤司っちものすごく可愛くて…でもものすごく……本当怖くて」

「命知らずだなお前は。そもそも赤司はああ見えて寝起きが悪いのだよ」

「えーそうなの?知らなかった」

「合宿でも普通ですよね」

「誰よりも早く起きるから気付かれていないだけだ」



無防備に見せる寝顔を見ていると、主将として皆を引っ張っているいつもの姿とは違って、あどけなくて。しっかりしていても中学生なんだと認識させられる。

寝顔なんてなかなか見る機会はない。試合や合宿で向かうバスで赤司っちが眠ることは見たことがないし、そもそも俺や青峰っちは騒がしいからと彼の隣に座らせてもらえることはほとんどない。

抱いたあと眠ってしまう姿はやけに艶っぽく見える。でも目の前で眠る姿は、それとは違っていた。


指先を伸ばして、そっと頬に触れる。一瞬震えるように小さく反応して、それでも起きる様子はない。

ベッドに乗ると、ギシ、と軋む音が響く。重みで赤司っちの身体が少し動いて、白い首筋があらわになった。
気付いた時にはもう、その首筋に口付けていた。


『っ!』

『あ!ご、ごめんね、赤司っ…』

『離れろ』


すごい剣幕とはこのことを指すのだと思った。そのくらい目の前の赤司っちは殺気立っていて、一瞬で察知した。全力で後悔した、とは、今となって言えることで、衝動と説明しても許してもらえないことは分かっていた。


『その、ごめんなさい、本当に』

『何が』

『すみません』

『ただ単に謝れば済むと思ったら大間違いだ』


そう吐き捨てると、帰る、と一言。
何も言えないまま見送ろうと追いかけると、来るなと一蹴されて終わった。



どちらかといえば自分は、寝れば大抵の怒りは収まるし、気まずく別れた夜でも翌朝になれば元通りに笑いかけることが出来る。

ずるずると長引かせるよりも、何もなかったかのように元通りになれるのが一番だと思っていた。


それが赤司っちは正反対だった。


何事にも白黒つけるタイプで、ある意味几帳面というのか。全てのいさかいにはっきり理由をつけ、解決するまでその態度を揺るがさないのだ。


分かっていた、はずだった。
でも翌朝、つまり月曜日の今日。

学校の下駄箱で赤司っちを見つけて、急いで声を掛けると。


「赤司っち!おはよ!」

「ああ」

「あの、昨日…」

「また部活で」


視線を合わせることなく一言、のち、背を向けてあっという間に立ち去ってしまったのだ。

タイミングと時間の問題だとは思う。でも、それでも、



(怖かった)



他の部員やクラスメイトに対するものと同じ態度。初めて出逢う人なら素っ気ないと感じてしまうかもしれない、礼儀のみを重んじた挨拶。

それが拒否のように感じてしまった、
まるでそれ以上踏み込むことを許さないとでも言うような。

付き合うまでは言葉ひとつ、そんな風に思うことはなかったのに。
"ただの周りの一人"だった頃の自分は。




「それで俺たちに相談というわけか」

「相談っていうか、まあ、そうなんスけど。聞いてほしかったっていうか」

「平謝りしかなくね?」

「まー寝込み襲うとか最低だよね」



次々に飛んでくる言葉に自然と下を向く。責められて当然と分かっているのにこんなに胸が苦しいのは、きっと怖いせいだ。


そうなんだろうか。

たくさん謝ればそれで済むんだろうか、


謝ったところで許されなければ、


そこで終わりということなんだろうか。




「違うと思いますよ」


透き通った言葉に顔を上げる。横を向くとシェイクを手にする彼と目が合った。


「黒子っち…」

「君はどうしたいんですか」

「そりゃ仲直りしたいっスよ、だから」

「その答えは僕たちの中にありますか」

「え…」


心臓を鷲掴みされたみたいに、鼓動が大きくなっていく。



「僕たちが考えた謝罪の言葉が、赤司くんに届くと思いますか?」


見つめる黒子っちの瞳に俺が映っている。


「きちんと向き合わなければ、うわべだけの言葉では駄目ですよ」



それに、と続けて。


「答えはもう、君の中にあるんじゃないですか」


黒子っち、と口にするのと、
目の前にその姿が現れるのはほぼ同時だった。



「ここにいたのか」

「赤司っち!?なんで…」

「僕が呼んでおきました」


聞かれたかもしれない、どこまで?どこから?動揺する俺に変わらず冷静な黒子っち。そして目の前の恋人は。


「黄瀬。帰るぞ」

「!あ、はい…」


慌てて鞄をひっつかむと、踵を返して歩き出した彼を追いかける。



「黄瀬くん、頑張ってください」

「まー大丈夫だろ。せいぜい赤司のゴキゲン取れよ」

「明日必ず報告するのだよ」

「お菓子もね〜」

「分かったっス!みんなありがと、また明日!」


後ろを向きながらやや雑に手を振ると、その数コンマでさらに距離が空いてしまっていた。

背は自分よりも低いのに、赤司っちは歩くのが速い。無駄も迷いもないからだ。

その判断力の高さは、もしかしたら、いつか俺を。
怯えと不安の入り交じる黒い気持ちを押さえ込む。



「…あの、赤司っち、いつも二人でいる時みたいに呼んでほしいんスけど」

「そうか。黄瀬」

「……」

(わざと、だ…)


うなだれる間もなく、彼の歩く速度は変わらない。どこまで行くんだろう。歩くうちに人通りの少ない道に入った。彼の足が止まる。



「赤司っち、ごめんね」

「……」

「ごめんなさい」


返事がない。
背中から表情が見えればいいのに。



「何に対して?」

「え、えっと」

「何に対して悪いと思っているのか、と言っている」

「…昨日、寝込み襲ったこと」

「それと?」

「今日、みんなにそれを話したこと…」

「それだけか?」

「えっと…」


頭をフル回転させるけれど、答えが出てこない。

はあ、と大きく溜め息をついて、赤司っちが口を開いた。



「一つ。言っておきたいことがある」

「何スか…?」

「例えば昨日のように、お前と仲違いがあって、そのまま別れたとする。どちらかがその直後に事故に遭って、還らぬ人になったとする」

「っそ、そんな例え!やめてほしいっスよ!縁起でも…」

「聞け」



どうして?

どうしてそんなことを言うの。



「縁起でもない?起こり得ないと何故言い切れる。もしそうなったとしたら、残った方は後悔することになるだろう」

「それは…もちろん…」



淡々と話す声。誘導されるように浮かべた想像は、それだけで苦しくて、辛くて。



「だから俺は、うやむやにするべきではないと思っている。同じ過ちの繰り返しを起こさないように、互いに反省し改善するべきであると」

「反省…」

「ただ謝罪の言葉を並べればいい訳じゃない。そうじゃなくて、直すべき事柄を自分が納得した上で言葉にしなければ何も変わらない」



大抵は、自分のみ反省させられて終わるのだけれど。
出掛けた言葉を飲み込んで、赤司っちに直してほしいところなんて何もないことに気付く。

ここでくっつくな、キスするなと怒られて、それでも最後は許してくれる。もちろん許してくれない時も。呆れて、ふと怒った様子をみせて、そんな表情さえ好きなのだと。



「…ねえ、じゃあもし、俺がケンカ別れで死んじゃったら、赤司っちは後悔するってことっスか?」

「………」


立ち止まったその腕に触れる。
振りほどく気配はない。


「寂しいとか悲しいって思ってくれるって、自惚れてもいいの?」


こっちを向こうとはしないから、そっと身体を屈めて覗き込む。
目が合うと、その腕に少し力が入ったのが分かった。

離れようと身体をそらすから、その瞬間抱きしめる。



「赤司っち、好き」


耳元で囁けば、逃れようともがきだす。そんなことさせない。抱く腕に力を込めるとしばらくして諦めたように大人しくなった。やがて溜め息。今度はさっきよりも、小さな。



「分かったから。外ではやめろ」

「好きって言って」

「だから」

「好きって言ってくれなきゃここでキスするけど、いい?」

「……それなら今すぐ車を呼ぶ」

「えっ、そんな…!」


慌てて腕の中の赤司っちを自由にすると、言葉とは違って逃げる素振りはなく。

一瞬こちらを見たあとすぐに逸らす視線が、愛しくて、顎をすくって口付ける。



「っ!」

「ごめん。あまりにも可愛かったから、つい」



少し不満そうな表情に、謝罪するときは、と思い直す。
反省しているかと言われたら、答えられない。



「キスして、ごめんね?」










「つーかさ、黄瀬、アイツ馬鹿だろ」

「何がだ?」

「分かってねぇのはアイツだけだろ。赤司が怒るなんてそれだけで珍しいっつーの」

「言われてみればそうかもねー」

「赤司くんがそれだけ感情を見せる相手は珍しいですよね」

「甘ーんだよ赤司は、黄瀬に」

「互いにということだろう」

「まあ俺はお菓子おごってもらったからいいけど。ミドチンまいう棒は?」

「もうないのだよ」

「巻き込まれるこっちの身にもなれってんだよ。つーかケンカじゃねぇよあれは」

「赤司くんを見ていれば分かりますよね」

「そうだな、練習中赤司がどれだけ黄瀬のことを見ているか」

「あーそれなら俺も知ってる」

「きっと黄瀬くんは気付いていないんでしょうね」









駅へと再び歩き出した彼の、後ろではなく、今度は隣に。
良かった、表情が見えるから。安堵して繋いだ手に指を絡める。



「ねぇ赤司っち、俺、赤司っちがどんなに情けなくてもへっぽこでも大好きっスよ」

「…どういう意味だ?」

「仮の話。どんな赤司っちでも好きってこと!」



論理的な思考もたたみかけるような責め方も、君を司る大切な一部分で、どれも尊くて愛おしい。ひとつひとつ思い出に変わってしまう、今日のそれを巡る喧嘩さえ。

ねえ、でも、できることなら。

どうか俺が、君を形作る心のどこかに、存在することができますように。



「涼太」

「え?」



突然の呼びかけに勢いよく隣を見る。

と、




「好きだよ」




予想外だったか?と。不敵に笑ってみせながら。





「……不意打ちはずるいっスよ…」

「そうか。願ったりだ」

「もう一回!」

「何度も言ったら意味がないだろう?」



そう言われると、たしかに、と納得せざるを得ない。


けど、それなら代わりに。


唇を寄せて、好き、と伝えて口付ける。道に立ち止まってキスだなんて、いつもなら怒られてしまう対象だけれど。批判を口にする暇なんてないくらいに何度も、繰り返し。


そうしたら、呆れたように笑ってくれたから。今度は強く抱きしめた。















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20170712
仲良いときも喧嘩したときも、キセキに見守られてるといいなと思います。



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