「青峰くんのことを好きな子がいるそうです」
「へー」
返ってきたのは生返事だった。指先で回り出したボールの動きは変わらない。両手を振って喜ぶかと思えば、意外にも。
「嬉しくないんですか」
「よく分かんねー」
そう答えて逸れた視線は恐らく彼の真実だった。透明なガラスに触れようとして、触れた瞬間その脆さに指先が凍り付いてしまうような感覚。それが目の前で寝そべる14歳の彼の脳内だろう、と思うのは、その想像は僕自身が抱く感覚そのものだったからだ。称するならそれは恋愛への畏怖。
恋愛を授業で教えないのはどうしてだろう。答えがないからだろうか。でもそれなら、答えがないと解りきった作品の意図を読み解く、現代文の科目の意味は。ああそうか、それも理由のひとつなのかもしれない、僕が今その授業をさぼって屋上にいるのは。女ってうるせーし、やかましいし、すぐ泣くし、指折り数えて怠そうに呟くその脳裏にいるのは桃井さんだろうか。彼の一番傍にいる女性。
「俺テツでいーわ」
「突然何を言ってるんですか」
いつもの冗談を笑いながらやり過ごす。そうしたらその先にはとんでもない言葉が待っていた。
「テツも俺がいいだろー」
何、を。
思わず閉じきらずに固まってしまった口を結ぶ。見ると彼は何ともなしに空をぼんやりと眺めていた。風で動く雲を見つめて、彼にはどんな風に映っているのだろう。
テツでいいわ、耳にこびりついて離れない言葉を反芻する。
テツで、じゃなく、テツが、に、
なる日は果たして来るんだろうか。
ダン、と、いつもの耳ざわりのいい音が聞こえた。体育館に響くボールの音。きっとどこかのクラスが体育でバスケをやっているのだろう。
『おっかしーな、あとちょっとのはずなんスけど』
『馬鹿言ってんじゃねぇよ黄瀬。誰がお前にボール取られるか、百年早ぇ』
『もう一回!もう一回だけ!』
そう言って、1 on 1をせがむ黄瀬くんの姿はいつしか日常になっていた。全速力で追い掛ける黄瀬くんがその背に触れかけたかと思えば、青峰くんは軽くかわして一瞬で突き放す。また黄瀬くんは追い掛ける。そうして二人で高みに上っていくのが分かった。風みたいだと思った。
今だってこうして青峰くんは目の前にいるのに。触れた瞬間すり抜けて消えていきそうだった。いや、すり抜けるんじゃなくて、それはきっと、
「テツ?」
声に顔を上げると、青峰くんがこちらを見ていた。少しだけ不思議そうな顔をして。冗談が冗談で返って来なかったから間に困ったのだろうか。
「どうかしたか?」
「いえ、すみません。さっきの答えはノーコメントで」
「は?」
「君といると色々大変ですから」
度重なる彼のサボりに対して、職員室への呼び出しに巻き添えを食らうのももはや日常だ。
「指導の先生、最近は青峰くんを呼ぶより先に僕を呼ぶようになったんですよ」
わざとらしく溜息をついてみせれば、何だよ、と言いながら彼の腕が伸びる。こつんと小さく音を立てて、その拳が彼を見下ろす僕の額にぶつかった。どちらからともなく笑う。そうだ、それでよかったはずだ。
それだけで、ずっと、
『光景は見えてるのに手を伸ばすと届かないんスよ。嘘みたいに』
そう話す黄瀬くんを思い出す。リアルな想像のようだと言っていた、ああそれは今の僕も同じだ。夢みた世界が目の前に広がっているという錯覚。ひとたび触れれば壊れてしまいそうなガラスで出来た世界。
「テツだから迷惑かけんだよ」
「え?」
現実に戻された脳が揺れる。お前寝ぼけてんの?そう言ってぐしゃぐしゃと髪が混ぜられる。その手を優しいと思ってしまうのは僕自身が作り上げた幻想だろうか。
「迷惑かけんのはお前がいい。それでも隣にいてくれんだろ」
な、テツ。そう笑いながら。
くしゃくしゃになった前髪が視界を覆う。隙間から見える彼は僕の髪越しに見える彼で、僕のフィルターを通しながら見ている世界で。けれど確かに彼は、
「お前がいーや」
確かにそれでも、笑っている。
「青峰くん、」
指先に力が篭る。先の見えない恐怖だとしても、逃げ道として選んだ先が僕なのだとしても。笑う顔が見える。答えが無限にあって、触れられる確率がほぼゼロだとして、そうだとしても、
「さっき言っていた、君を好きだという人は」
そうだとしても、たった一つなのだから。僕が彼を好きだという、真実は。
「ねえ大ちゃん、いつもバスケ部の皆とどんな話してるの?」
「あ?別に」
「だからさ、たとえば、好きな子のタイプとか…」
最後まで言い終わらないうちに語尾が小さくなっていく。横目で見ると恥ずかしそうに俯くさつきの姿があった。
ああ、テツか。
直感的にそう思った。
「前向いてねーとコケんぞ」
「あ、うん」
少女漫画みたいな顔をして、ふーん。これが恋する乙女ってやつか。
まあ、いいんじゃねぇの。
「あのさ大ちゃん、もし、もし…この先」
「あー?」
「私が好きな人に告白するとしたら…」
「はぁ」
「応援、してくれる?」
「応援って…お前」
お前とテツがくっつくことを?
「…そういうのは女子だけにしとけよ。バカじゃねーの」
「大ちゃんひどい、いいよ別に!そういうんじゃないし!」
拗ねたようにそっぽを向くと、そういえば今日授業でね、と話の矛先が変わった。話しながらころころと表情が変わる。こういう奴が好みなのかな、テツは。
さつきとテツが並んで歩いている姿を想像してみる。笑って手を繋いだりなんかして、そんで、
(………あれ?)
一瞬、どうして。
なんで隣にいるのが俺じゃないんだよ、って、
思ってしまった。
「どうかしましたか?」
「え?」
「さっきから見てますよね」
部活終わりの更衣室。汗をぬぐったタオルをしまいながらそう尋ねてきた。
「何かついてますか?」
Tシャツを脱ぎながら話すものだから声がくぐもってよく聞こえない。白い肌が見える。あれ、こいつこんなに色白だったっけ。筋肉の少ない背中と二の腕。拳しか突き合わせたことがないというのは関係ないのかもしれない、けど、知らなかった。そういえば今まで注目したこともなかった。
「あ?テツ、なんかここ」
「っ!」
首筋にできている赤い跡をつつくと、瞬間的に身体をびくつかせた。
初めて見た表情だった。
「なんですか突然、……ああ、今朝蚊に食われたところですね」
「あー、もうそんな時期か」
適当に相槌を打ちながら自分もTシャツを脱ぐ。さっきの肌と、首筋に触った瞬間の反応を思い出すと、心臓が強く脈打った。
(何だよ、この変な感じ、)
もう一回触ってみたい、
なんて。
試合で拳を合わせるあの瞬間は気持ちがいい。
でも、それをしたいわけじゃない、と思う。拳じゃなくて。俺の手で、テツの肌に触れたい。
(なんで…)
理由は夜になっても、朝になっても、分からなかった。
ただ、触れた瞬間のあの表情だけは、頭から離れずにいた。
「青峰っちー!1 on 1しよ!」
「うるせぇ、今考え事してんだよ」
「え!?青峰っちが!?何それ天変地異っスか!?」
「てめー殴んぞ」
黄瀬はあからさまにがっかりしてみせると、数秒後何ともなかったかのように踵を返して、黒子っち!とかなんとか言いながら走っていった。ポジティブな奴。休んでいるテツにひっつくと、ねえねえ、とひたすら話し掛けている。そんな黄瀬を適当にあしらっている姿が見えた。
「黄瀬くん近いです」
「いつもと同じ距離っスよー!」
ボトルを飲んでいたらしいテツは、テンションの高い黄瀬を避けた直後に突然むせ始めた。変なところに入ったらしい。とりあえず近付いて黄瀬の頭をはたいてみる。
「お前迷惑かけんなよ」
「ごめんね黒子っち…」
「つーかベタベタ触りすぎだろ」
「え?好きな子に触りたいって思うのは当然でしょ?」
「………」
「ん?青峰っち?」
好き、という二文字が頭の中をぐるぐる回る。感情を示す単語が。突然全部が繋がって、脳の処理速度が追いつかないみたいな感覚。繋がったのは黄瀬の言葉と、この間テツに触れたあとに生まれた感情。
(触りたいって)
今まで思ったことのなかった欲求の理由に。
さつきの質問に戸惑った理由に。
気付いてしまった。
俺は、
テツが。
「無理だわ」
いつからこうしているだろう。
いくら見続けても変わらない部屋の天井に、何度目か分からない独り言を呟いた。
テツが好き、いや、もともと友達として好きだったけど。そういうんじゃなくて、それ以上に。
男が男に。
「言えるわけねーだろ…」
言ってどうなる?
困ったテツの顔なんて見たくない。
言わなかったらどうなる?
何も変わらない、今までと、これからも。
だったらそれでいい。
変わらずにバスケが一緒に出来て、笑いかけてくれるなら、それが一番いい。
自分にしては珍しく長い時間をかけて悩んで、考え出した結論のはずなのに、
苦しくてもどかしくて仕方がなかった。
ひどく蒸し暑い夜だった。
「よー、テツ」
「青峰くん。廊下で逢うのは珍しいですね」
「お前次何の授業?」
「現代文ですよ」
ロッカーから取り出した教科書を見せながらテツが答える。
俺の嫌いな科目。テツが好きそうな科目。
作者はとっくに死んでるのに、なんで作者の気持ちが分かんの?なんで読み手の想像だけじゃダメなわけ?
以前テツにひねくれた質問攻めをして、困らせたことがある。
「青峰くんのクラスは何の授業ですか?」
「分かんねー」
「そんな…」
呆れたような顔。
「出る気ねぇもん」
「え、……っちょっと!」
テツの腕を掴んで走り出す。
後ろで青峰くん、授業始まります、と繰り返し訴える声を無視して、屋上への階段を上っていく。力で負ける気はしない。
重い扉を開けた瞬間、視界いっぱいに夏のような空が広がる。まだ梅雨に入ってもいないのに。
「青峰くん、…っ授業が…」
「お前息切れてんじゃん。まー休もうぜ」
「それサボりって言うんですけど…」
テツがそう返したと同時に授業開始のチャイムが鳴った。諦めたように溜め息をつく。立っていたドア近くに申し訳なさげに座ろうとするから、真ん中に連れていった。広い屋上に今、どうせ誰もいないんだから。それでも体育座りをするところあたり、テツらしい。
昼下がりの街が見える。うっすら聞こえる生徒の声。ものすごい数の人間が、たいして大きくもない部屋にぎゅうぎゅうに収まって、大人しく授業を受けている。なんだか不思議な光景に思えた。こんなに空も街も広いのに。
そういえば、と言いながらテツが話し出す。
「青峰くんのことを好きな子がいるそうです」
「へー」
正直どうでもいい話題だった。
寝転がったまま、そのへんに忘れられていたバスケットボールを回す。
「嬉しくないんですか」
「よく分かんねー」
嘘だ。
本当は何て言ったらいいのか分からない。
いたとしても女だろ?
お前じゃないんだろ。
なんて、言えるわけもないし。
「女ってうるせーし、やかましいし、よく泣くし」
とりあえず思いつく限りのさつきの行動を挙げてみる。うるさいとやかましいは似たような意味か、まあいいや。
別に女がうざったいと思ってる訳じゃなくて、今はただ、その話題を遠ざけたかった。
ああでも、
だったらせめて。
ふざけたついで、くらいにとらえてもらえれば、言ってもいいだろうか。
「俺テツでいーわ」
「突然何を言ってるんですか」
全く君は、とでも続きそうないつもの調子で笑い飛ばされてしまった。
まあそうだよな、と思いながら、それならともう一押ししてみる。
「テツも俺がいいだろー」
なあ、知らないだろ?
こんな冗談ひとつ言うだけで、床に密着した背中に今、ものすごく汗をかいてること。
緊張と、あと、きっとこれは。
はあ、と息を吐いて仰ぎ見た空はさっきと同じで青かった。梅雨はまあ来月あたりかな、なんてぼんやりと考える。ニュースなんて見ないから知らないし、まあ、どうでもいいけど。雲の隙間から強い日差しが差し込んで、眩しくて目を細める。雲はもう夏のものと同じに思えた。
遠くでボールの跳ねる音がした。ああ、バスケやりてぇ。いつも聞き慣れた音なのに、耳にするだけでワクワクする。次はどんな相手か、どんな攻め方をしてくるのか。ここにゴールがあればいいのに、そうすればテツもいるんだし。来年もこの先も一緒にバスケをしていたい。きっと知らないだろう、二人で練習する時間がどんなに俺にとって大切か。テツが思っている以上に、ものすごく。
あれ、そういえばテツは。横目で見ると体育座りのまま、斜め下を見つめている。返事はない。
「テツ?」
声を掛けると目が覚めたように顔を上げる。考え事でもしてたのだろうか。口数が少ないわりに的確なことを言う奴だから、きっといつも頭の中は色んな考えが巡っているんだと思う。
「どうかしたか?」
「いえ、すみません。さっきの答えはノーコメントで」
「は?」
「君といると色々大変ですから」
薄く微笑んでいるテツは、いつもと同じ表情のはずなのに、どこか、何かが違うように思えた。
「指導の先生、最近は青峰くんを呼ぶより先に僕を呼ぶようになったんですよ」
はあ、と小さく溜息。授業をサボるたびに教師に呼び出され、その隣にテツがいることが多くなった。テツが一緒なら呼び出しを無視しないと、教師も分かっているらしい。それを聞きつけたさつきにまでも説教されて、テツくんごめんね、大ちゃんも謝って、と怒られるのは慣れた光景になっていた。
「何だよ」
腕を伸ばすと、屈み込んだテツの額にいとも簡単に届いて、小さな音を立ててぶつかった。はは、と笑えば、テツも。
ああ、この空気が好きだ、全部が包まれるような。透明で柔らかい、テツの存在そのものが。
「テツだから迷惑かけんだよ」
「え?」
また生返事。今日のテツは上の空だ。何考えてるんだろう。
「お前寝ぼけてんの?」
起き上がってテツの髪をかき混ぜる。髪の毛まで柔らかい。壊れてしまいそうで、こんな言い訳でしか触れられない。本当はもっと、触りたい。理由もなしに。
「迷惑かけんのはお前がいい。それでも隣にいてくれんだろ、な、テツ」
これは、願いだ。
今できる、精一杯の、
「お前がいーや」
笑顔で。
そうしたら、しょうがないですね、なんて言いながら、聞いてくれそうな気がしたから。テツなら。
「青峰くん、」
呼ばれた名前は少しかすれて聞こえた。
ああ、もし俺が本当の気持ちを伝えたら、こうやって名前を呼ばれることもなくなるんだろうか、
こうして真正面に向き合ってくれることもなくなってしまうんだろうか。
『女の子はね。臆病なんだよ。気持ちが届かなかったら、今までの関係が壊れちゃうかもしれないでしょ』
いつだったか聞いたさつきの言葉を思い出す。
臆病なんて男も女も関係ない、俺だって。
「さっき言っていた、君を好きだという人は」
テツが口を開いた。
俺が本当に好きなのはお前だって、
言わないで終わるなんて。
関係が壊れる?
知らねぇ。そんなの、
「テツ」
言いながら正面を向くと、言葉を遮られて驚いているようなテツの顔があった。
それ以上は言わせたくなかった。
「お前のこと好きだ」
目の前のテツの目がゆっくりと見開かれる。
ああ、意味分かんないよな。
俺だって何で今言ったのか分からない。
でも今じゃないといけないって、思って。
「あのさ、」
声が震えてるのが自分でも分かる。だってこれって、いわゆる『告白』というやつだ。
恥ずかしいとかそんなの通り越して、怖いなんて、初めて知った。今。
手首を掴んで力任せに引っ張ると、簡単すぎるくらいに体勢を崩して倒れ込んできた。
そのまま抱きしめる。
誰かを抱きしめたことなんかないから、力加減とか分からない。出来るだけ優しくなんて考えてる余裕もない。だけど、こうしていたかった。
「さっき俺、嘘ついたわ」
顔が見えなくてちょうどいい。
どんな表情をしてるのかなんて想像するのも怖くて、そうか、だからこうしたかったのかもしれない、
「誰かに好かれてるとかどうでもいい」
「でも」
「どうでもいいっつってんだろ」
ただひたすらに、テツの喋る間もないくらいに言葉を発して、なんとか繋いで、
好きな相手が自分を想ってくれる確率なんて知らないし知りたくもない。そんなの低いことぐらい分かってる。でも俺が欲しいのは代替なんかじゃなくて、
こっちを向いてほしいのは。
テツでいい、じゃない、
「テツがいい」
頼むから。
頼むから、
誰に祈ってるか分からない願いを頭で繰り返しながら。
「………君を、好きな人というのは」
「だから」
「僕です」
いつの間にか強く閉じていた目を見開いた。
視界に飛び込んできた灰色の屋上の床、と、テツの肩。
「は…?」
「君を好きなのは、僕です」
耳元で聞こえた声も小さく震えていた。
身体がそっと離される。
まっすぐにこっちを見ているテツの顔。
「君が、好きです」
テツが、俺を。
「え……」
「君も僕と同じだと、思っていいんです、よね」
濁るような語尾は掠れて、いつか聞いたさつきの問いかけと似ていた。緊張と不安の入り交じった。
神様なんて信じちゃいないけど。
こんな時くらいは、感謝してやってもいいのかもしれない。
「テツ」
今まで生きてきて一番幸せだ、なんて、恥ずかしくて誰にも言えないような感情が、身体いっぱいに駆け巡っている。
絶対に口にはしないけど、言わなくても分かっているみたいに、目が合ったテツが微笑んだ。
ずっと好きだった表情だと今気付く。
「あのさ」
「はい」
「…キス、してーんだけど」
「僕、したことありません」
「俺だってねぇよ」
「…どうすればいいんですか?」
「…目ー閉じんじゃねぇの」
緊張しているのか少し間が空いてから、はい、と小さく返事をして、素直に目を閉じた。
少しだけ上を向いて。
バスケ以外でこんなに至近距離になったことはない。
テツって顔もこんなに肌白かったんだな、とか、俺より睫毛長いんだな、とか、
たかだか数秒の間に頭の中を色んな感想がかけ巡る。
「…青峰くん?」
目を閉じたまま不思議そうに尋ねてくるテツ。こういうのを無防備って言うんだろうか。
ああ、今日からこれが全部俺のもんになるんだ、そう思ったら、無性に嬉しいようなくすぐったいような、変な気分になった。
「っん、」
白いと思ったその頬に右手を添えると、小さな声をあげて肩を震わせた。
くそ、可愛い。
いつからこんな風に思ってたんだろう。
もしかしたら、ずっと、本当は。
「テツ」
返事をしようと開きかけたその口を塞ぐ。
少し恐れながらも勢いをつけて重ねた唇は、かすかな音すら立たなかった。
なんだか物足りなくて、角度を変えてもう一度。
唇を離すとテツはゆっくりと目を開けて、緊張が解けたのかふやけた顔をしてこっちを見ている。
小さな仕草も表情も全部、急にどれもが可愛く思えて、反射的に抱きしめる。小さい。温かい。好きだ、と思わず声に出て。しまったと思っていると、僕もです、と呟くように返ってきた。
「言っとくけど友達の好きじゃねぇから」
「僕もですよ」
「おんなじ、か」
「はい。同じです」
突然恥ずかしくなって力いっぱい抱きしめる。苦しいです、と言いながら、その声は嬉しそうなものに聞こえた。
テツを抱きしめてそう言わせられる。俺だけが。そう思うだけで、こんなに嬉しい、なんて。想像さえしていなかった。
背中が太陽に灼けて暑い。
そんなの気にならないくらい、お互いの身体が暑くて、
「テツ、もっかいキスしていい?」
「どうぞ」
したいの俺だけかよ、と呟くと、
いいえ、僕もしたいです、と。
重ねる直前、笑うようにテツが答えた。
*******
青黒のはじまりは、両片想いな気がします。そして相思相愛。