ここに留まっていてはいけない。そう感じたのは恐らく直感で、いつからか分からないその警告を、生ぬるい言葉の奥に閉じ込めていた。


「好きだよ」

「そうですか」


彼の言葉の上に自分の言葉を重ねて蓋をした。隙間に埋めてしまえば無数にあった空間は綺麗につながって、端から見ればそれは繋ぎ目なんてないように見えた。恐らくそれは僕自身の目を欺くためでもあって。


「僕もです、って、言ってくれないの?」

「言いませんよ」

「どうして?」


不思議そうな顔をする彼を睨むのさえ億劫で、何も言わずにその薬指に光る輪を指でなぞった。


「ああ、」


気付いたように小さく呟く声に顔を上げると、それでもまるで何も感じないと言うような表情。一瞬遠くをちらりと一瞥してまた顔を戻した、その瞳はあっさりと見捨てるような、投げ捨てるような冷たいもので、思わずなぞる指の動きは止まった。


「嫌なら外すっスよ?」

「…君は無神経ですね」


屈託ない笑みを見せる彼を見る、今度こそ自分の目は睨んでいた。と思う。


恐らく願えば容易く手放して、

恐らくそうしていつか自分も、


まるでお構いなしと言うように、それは視界の端できらりと光った。
憎い。
あ、認めてしまった。そう思った瞬間、その眩しさは白いシーツの上に投げ出された。三ヶ月前に確立された僕の絶望をかたどるもの。音は布に吸収されて、ただ静かに光だけが揺れた。


「何してるんですか」

「黒子っちが嫌がるなら捨てるよ?」

「馬鹿なこと言わないでください」


小さく笑ってゆっくりと視界が覆われる。反転する世界。額に落ちてきたキスはひどく優しくて、だからこそひどく残酷なものに思えた。


「それでも逃げないね」

「っ、ん」


首筋を這う舌の動きは滑るみたいに、触れる度に何かに感染していくようにぞくりとした。彼の手を探ると重ねられて指が絡まる。それは恋人と呼び合えた頃と同じ仕草だった。
下半身をまさぐる手はいつしか中心に辿り着いて、一瞬触れたのちにくすりと笑う声が聞こえた。


「何?待ちきれなかったの」

「っや、…ぁ」


直に触れられた先端から先走りが滲むのが分かった。濁った水音がする。頬が熱くなるのが分かる。微笑む彼の顔が見える。瞬間、心臓が押し潰されたみたいに苦しくなった。対になった指輪の持ち主にも向けられているのだと、そう思った。


「っぁ、あっ」


ふいに自身がぬめる感触に包まれた。熱い咥内の中で舌が絡められて、根元からなぞるように一舐めされる、それだけで達してしまいそうになってシーツを掴む。


「あっ、あっあっ、…っ」


自制虚しくあっさりと吐き出された精は彼の咥内に飲み込まれた。ごくりと上下に動く喉を見つめていると、顔を上げた彼と目が合った。笑って、そして重ねられる唇を拒否するはずもなく。


「欲しかったらお願いして?」


この笑顔が怖い。拒絶させない力を持っているみたいに動けなくなる笑顔が怖い、もう目が合うだけで次の行動は決まっていて、首に腕を回して自分から口付けて、身体を擦り寄せて足を絡ませて、


「……挿れて、ください」


そう、あの頃と何一つ変わらないまま、




「っぁ、あっ」

「締め付けすぎだって、…っ」


抜き差しと共に中が圧迫されて擦れる度に声が零れる。最奥を占める濡れた感触の原因は、彼の唾液かローションか分からない。ただふやけるように熱くて、結合部からは湿った音がぐちゃぐちゃと響く。それを聴くだけで余計に高ぶって意識が飛びそうになる。


「やっ、ぁ、あぁっ」


身体は熱くて、汗で張り付く肌の感触にさえ震えるくらい、なのに脳だけは冷静に信号を発していた。止めろと。今すぐ抜けだせと。

打ち付けられながら彼の舌が近付く。胸の尖りが口に含まれて舌先で転がされる。


「ぁ、っやぁ、あっあ、……っ」

瞬間抉るように最奥を突かれて、思わずその身体に抱き着く。喘ぐ声は自分でも驚くほどに高くて甘い。それは快感から起こるもので、これで最後にしなければと思えば思うほどに身体の奥が疼いて、求めるままにしがみついた。


「っ黒子っち、一緒にイこ、」


するりと指が自身に絡みつく。すでに張り詰めていたそれは触れられただけでもう限界で、速くなっていく突き上げに、速度に合わせて擦り上げられる自身に、頭の中が真っ白になって、


「っぁ、ぁ、あぁ……っ」


達する瞬間、互いに絡めた手を強く握った。それは当たり前のように行われていた仕草で、繋がったまま抱き合うのも同じで、あの頃だってこの間だって同じで。そして今も。

呼吸を整えようと目を閉じる。合図かのように重ねられる唇。互いに同じ温度。


「黒子っち、」

冷たくて気泡の多い、透明で柔らかいゼリーの中に逆さまに沈み込んで、そうして窒息していくような感覚。



「好きだよ、黒子っち」


逃げるという意志を持つにはあまりに心地よくて、そこにおさまっているにはあまりに残酷な冷たさをはらんで。



「…何番目ですか?」

「いちばん、好きだよ」



嘘と真実はどちらも四文字だ。

どちらが真実であってほしいか、なんて、答えはもうきっと、

視界の端でまたきらりと光った。
















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20121223

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