「これは何だ」

「見ての通りケーキっスよ」

ほら、とロウソクを取り出しながら鼻歌なんて歌う姿はいつも以上に奴を調子づかせていて、普段なら頬をつねってみせるところだ。けれど目下、問題があるのはそこではなかった。


「…まだ誕生日じゃないんだが」


壁にかかったカレンダーを見やる。女性が好みそうな華奢な字体で彩られた日めくりのもの。買ってきたのは他の誰でもない、鼻歌を歌い続けている目の前の男で、奴の手によって途絶えることなく毎朝めくられている。だから日付が違うということはない。今日は12月19日だ。デジタル時計が告げる時刻は午後11時23分。誕生日では、ない。


「知ってるっスよ?」

気にも留めないといった様子でさらりと答えると、箱のリボンをゆっくりとほどく。帰宅したのはつい先ほどのこと、帰ってくるなり出迎えに行った身体をダイニングまで押しやられて、振り向いた瞬間白い箱を押し付けられた。カメラに向けるような笑顔と一緒に告げられた『誕生日おめでとう、赤司っち』。その言葉への返答は冒頭へと遡る。


「なんか買ったら待ちきれなくて」

「何でお前がそうなる」


こういう場合は受け取った側が包みを開けるのが普通だと思う。けれどそんなことは今はどうでもいい。それよりも目の前で箱を開ける奴の顔ばかりが目に入っていた。
どうしてそんな風に笑えるのか。まるで自分のことのように、自分ではない人間が生まれた、ただそれだけの日を。どうしてそんな顔をして。


「…お前は」

「うん?」


箱に掛けられた手が止まる。白いものが中から覗いている。

「どうして、」


どうしてここまで。
そう尋ねかけた唇は止まった。


止められた、に等しい。



「……邪魔をするな」

「だってまた難しいこと言いそうだったから」


重ねられた唇の隙間から聞こえるその声は笑っていた。


「誕生日おめでとう」

「…ありがとう」

「生まれてきてくれてありがとう」

「………」

「大好き」


目線を少しずらすとそこには瞳があって、開きかけた唇はまた塞がれた。目を閉じながら数秒前に聞いた言葉を頭の中で反復する。ありがとう、と、大好き、と。何度となく浴びせられた言葉なのに、いつもと違うように思えるのは、誕生日という要素が関係しているからだろうか。


「あ、そうだ。忘れてた」


ゆっくりと身体を離してテーブルの方を向く。白い箱から取り出されたのは二段重ねのホールケーキ、二人では食べ切れないくらいに大きい。苺とクリームが飾られたその姿はまるで、


「ウェディングケーキみたいだなって思った?」

「…………いや」


脳裏に浮かんだ白い世界に蓋をする。奴の思い通りになったなんて考えたくはなかった。それでも何も気にしていないかのように、俺はそう思ったんスよ、と笑いながらドライアイスを抜き取る。受け取ろうと伸ばした手が掴まれた。


「危ないから触っちゃダメっスよ」

「…ああ」


満足げに微笑むと台所まで捨てに行く後ろ姿を見つめる。時間なんて気にせずに食べようとするんだろう。そう考えていると思った通りにフォークと皿を取り出したから、思わず笑いが零れた。


「何笑ってるんスか?」

「いや。何でもない」


いつからか分からなかった。行動の想像がついてしまう自分も、光景に馴染んでしまうほどに入り込んでいる奴も。けれど不快感がないことは分かっていた。



「ねえ覚えてる?赤司っち怒ったよね、一緒に住み始めた頃さ」

「覚えがありすぎて分からない」

「……夜中に俺がファンの子に貰ったお菓子開けようとしたらさ、突然奪って捨てたやつ」

「…ああ」


食器をテーブルに置く音。後ろを向くと、時刻は23時47分。視界の端にはカレンダー。買ってきたその日に書き込んでいたのを覚えている。12月20日を、赤ペンで彩って。ああ、そういえばあの時も鼻歌を歌っていた。あと少しでその日になる。


「見たくない、って言ってさ。夜食が嫌なのかと思ったら次の日お菓子買ってきて、これなら食べていいって言ったの」

「……そんなこともあったな」


肩に重み。腕が回り込む。後ろを振り向くと同時に頬を引き寄せられて、そのまま唇が重なった。


「初めての嫉妬ってやつっスかね」

「……さあ」

「あれ、否定しないんだ」


小さく笑う片頬を掴むと、いたい、と言いながら笑う。何度となくやってきたやり取りに、自分の口角が上がっていることに気付きながら、恐らくそのことに気付かれながら、そのまま唇を重ねた。

朝目覚めて一番におはようと言う声も、あのカレンダーをめくる仕草も表情も全て、目を閉じれば想像できるくらいにそこにあるのが当たり前で。ゆっくりと蝕むように浸食して、広がって、

そうしていつの間にか、ここまで。


「、ん」


ぞくりとした感触が身体を襲って、いつの間にか滑り込んでいた右手が耳元を撫でていることに気が付いた。反射的に目を開けると、こちらを見るその瞳と目が合った。


「…かわい」

「……嬉しくないと言ってるだろう、いつも」

「ごめんね、でも可愛くて」


何度切り捨てても変わらない。いつからだっただろうか。その言葉が言われなくなることよりも、その言葉を口にする時の表情が見られなくなることの方が嫌だと、そう思っていることに気付いたのは。そうして受け止めるようになったのは。


「不意打ちで耳触るとビクッてして一瞬目閉じるんスよ、赤司っち。気付いてないだろうけど」

「な…」

「あ、赤くなった」


身体をどかそうとした腕は掴まれて、一瞬視線がぶつかった目は笑っていた。それに疑問を抱くのと理由を瞬時に察知するのはほぼ同時だった。後ろに下がろうとした腰は押さえられていて。


「…何だこの腕は」

「何スかねぇ」


嫌な予感に睨みつけてもまた笑う。いつからだっただろう、どんな態度をとっても受け止められてしまうようになったのは。こんな風に笑いながら。


「…平日はしない約束だ」

「うん、だからキスだけ」


微かに傾きながら近付いてくる顔に手を翳す。視界の端で文字盤を捉える、23時58分。カレンダーに向かっていた表情を思い出す。年が明けた瞬間に口付けられたことを思い出す。笑って、キスをして、日常と一緒に目まぐるしく変わる表情も、笑う声も、きっとこれからも、また。


「するなら0時丁度にしろ」

「キスだけで済まないかもって言ったら?」

「……予想はついてる」



もう一度唇が重ねられたそのときが0時きっかりだったかどうか、分かるはずもなく。
それ以上に分かっていたのは最初から決めていたであろう、悪戯めいた表情と。


「うん、ごめんね」


シーツに沈むと同時に反転する世界。背中に腕を回すとその感触に気付いて、嬉しそうに笑う顔。先程よりも何倍も。
















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赤司お誕生日おめでとう!
いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていて、それを心地好く思っている赤司が理想です。

20121220



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