「敦は子供だね」


そう笑いながら髪を撫でる。するり、つむじらへんから鎖骨まで、ゆっくりと滑るその手を視界で確認して。そうしてぼんやりと浮かんだのは、それって、触る相手が女の子ならどこまで撫でるんだろう、ということだった。

室ちんはやさしい。だからきっと、女の子にもやさしい。触れるか触れないかくらい、きっと優しく微笑んだりしながら撫でるんだろう。さっきみたいに。


「子供ってどのへんが?」

想像するのは簡単で、けれど飲み込むのは難しかった。ぐるぐるぐちゃぐちゃとした真っ黒いものが胸の真ん中にあるみたいに、暗くてでも熱い。でも表情筋は動かなかったし表情を変えるつもりもない。動くのは感情ばかりでそれ以外は機能を止めたみたいに。顔を上げると室ちんと目が合った。



「そうだな、今こうやって喋って時間を潰そうとしている所が」


ほら敦、と差し出されたホウキを立ち上がってとりあえず受け取って、次の瞬間またしゃがんでめんどくさい、と口にすると、室ちんは小さく笑った。何がおかしいのか分からない。


「何笑ってんの?」

「いや、敦のそういうところ、俺は好きだよ」

「そういうところってなに」

「繕わないところかな」


そう言いながら笑って、でも今は協力しような、と、あやすように髪をまた撫でる。その手を掴んだ。


「敦?」

この手は笑いながら触れてくる。今にも浸透できそうなくらい、ぎりぎりのところまで柔らかく滑り込んで、でもそれ以上踏み込もうとはしない。自分からは決して。


「ん」

顎を上げて待機して数秒。すると小さく溜息をつきながら屈み込んで、少し乾燥した唇が触れた。一瞬周りの空気が止まったように思えた。しばらくして、遠くで掃除をしていたはずのみんなの声が近付いてきて、あーあ戻ってきちゃった、と呟くと、室ちんはまた小さく笑った。


「室ちん、続きは?」

「また後でな」

「えー」

ふわりと頭を撫でられて、手が離れた次の瞬間。またここで終わり、と思ったそのときガチャリと部室のドアが開かれて、ホウキとちりとりを手にした皆が入ってきた。


「おいなんで来ねーんだよ敦!氷室までサボるし!」

遠くから福ちんのキンキンした声が響く。ごめんごめん、と室ちんが笑って、振り返りながらそっと『怒られちゃったな』と囁いた。


「お前ら戸締まりくらいはしてけよ!あとゴミ捨ても手伝え!」

そう喚きながらゴミを手に外に出ていく福ちんと、他のメンバーと。後に続こうとする室ちんの腕を掴んだ。



「敦?いい加減に、…」

その口を塞ぐと同時に、窘めるために発しかけた言葉は止まった。突然キスしたから見開いたまま、少し驚いたような目が視界に入る。


触れてほしい、と、思うのは、
触れたいと、思うのは、


「ねぇ続きしよ」

「敦、時と場所を」

「室ちんだってしたがってるでしょ?」


ねえ、と言いながら抱き着いてみれば少ししてから腰に腕が回されて、仕方ないな、と呟く声が耳元で聞こえた。後ろ手に閉められた鍵の音がやけに大きく響く。

狭いベンチを背に視界が反転する。髪を撫でる手はさっきよりも熱い。キスと一緒に深くなる体勢に、ぎゅう、としがみついてみれば、優しい顔をして小さく笑う。



「室ちんもっと、」

「子供みたいだな、敦は」

「うん、」


ねえ室ちん、俺知ってるよ。

俺に触れたいから大人ぶってるんでしょ、我が儘を言われるのを待ってるんでしょ?

ほんとうは子供であれと思ってるんでしょ、触ってほしいって言う俺を待って、仕方ないって言うために、


「いいよ」


触れてほしいからわざと子供のふりをする人間と、触れたいから大人であろうとしている人間、
縋り付いているのは、ねえ、



「子供で、いいから」


どっちだろうね?


















*******
敦はわざと子供らしく振る舞って、氷室さんは我が儘に付き合ってあげる大人を演じていて、根底にあるのは互いに触れたいという共通の感情であってほしいです。

20121122
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -