!黄瀬の家庭事情やや捏造












今となってはそんな様子は微塵も感じさせないけれど、あの頃は屈託なく笑うこともあったと思う、赤司征十郎という人間は。かといってそれは心の底から純粋だと呼べるものではなく、時に側にいる人間を凍らせるような微笑みであることもあった。そして突然提案をするのだ、


「それじゃ今夜、部活の後に全員集合。ハロウィンパーティーを行うよ」


こんな具合に。







「いやいやいや、なんで俺ん家なんスか?」

「無駄に広いからじゃねーの」


1on1をしながら青峰に疑問を投げかけると、あ、もしかしたら、と心の中で一人呟く。いまだかつて一度も勝ったことがない目の前の相手、質問攻めしながらプレーすれば集中力が途切れて、少しは勝機が見えるかもしれない。


「何か問題があるのか」


斜め後方から聞こえた声に、別にそういう訳じゃないっスよ、と振り向かずに答える。反対側のゴールにシュートが決まる音、合間に盗み見るとボールを受け取る緑間の姿。手渡しているのはゴール下に座り込んだ紫原だった。あんな所に座って、赤司に見つかったら怒られるに違いない。そう思いながら目の前のボールに集中する。

思い返せば紫原は運がいい。いつも場所を選ばずに休憩をとる彼に、注意をする人間はキセキの他にはいない。緑間が再三言ってやっと重い腰を上げる程度で、それ以外は相手が黒子でさえ無視で終わるときもあるから、他の部員たちは半ば諦めているというのが正しいだろう。


それでも相手が赤司となれば話は違う。練習するよ、その一声で背筋を伸ばす。紫原に絶対的な権力を持っているのは赤司以外に存在しないと言っていい。絶対王制を体現したような存在である赤司は、けれどスポーツマンシップから外れることはなく、間違ったことは決して言わない。

だから恐らく、あんな紫原の休憩の仕方を見付ければ注意するはずだった。けれど紫原は運が良いのか、なぜか今までこの休憩の仕方が赤司の目に留まったことはない。監督と個別ミーティングを行っていたりたまたま席を外していたりと、偶然この場に居合わせることなく毎日が過ぎていた。


それ以上に普段から、赤司は紫原に甘い節がある。例えばミーティング中にお菓子を食べ続ける紫原にも、一言注意をするだけで取り上げることは決してしない。それに対して自分には。黄瀬の家だ、いいな、と再度繰り返しながら笑う赤司の顔を見て、もはや拒否権などどこにもないのだと悟った。


そんな風におよそ3時間前の出来事を振り返っていると素早く伸びた腕が目の前を掠めて、手にしていたボールが掬うように奪われた。


「っあ!待っ…」

「誰が待つか、よっ」


攻防虚しく、軽々とすり抜けた身体はボールを放つ。弧を描きながらあっさりとゴールを抜けたそれは、ダン、と鈍い音を立てて、そのまま緩やかに体育館の床を転がった。集中力が途切れたのはどうやら自分の方だったらしい。


「あーくっそー!」


何戦何敗だろうか。まだ彼に勝利したことはないから、何勝何敗、ではない。きっとこれからもその数は増えるんだろうと考えながら体育館に掛かった壁掛け時計を見遣る。針が8時に差し掛かっているのが見えた。



「あー、そろそろ約束の時間じゃ…」

「今日は終わりだ、片付けるぞ」


体育館の入口から声が響く。中の五人に声が届いたのを確認すると、その姿はすぐに消えた。意外ですね、とタオルで額を拭いながら黒子が呟く。


「赤司くんがイベント好きとは思ってもみなかったです」

「テツそれ貸して。大体さぁ、ハロウィンって何なんだよ」

「いいですけど…青峰くん自分のタオルあるじゃないですか、仮装をしてお菓子を貰いに行くヨーロッパの行事ですよ」

「好きなだけお菓子を強奪して食べていいってことだよね?」

「紫原、その言い方はいささか語弊を生むのだよ」

「それより何で俺んちっスか…」


想像するだけで頭が痛くなる。ついこの間も家に遊びに来て、それはいいのだけれど。うなだれていると緑間の声がした。


「問題はないとさっき言っていただろう」

「来るのはいいっスけど!皆散らかし放題で片付けないじゃないっスか!」

「準備は出来たか?黄瀬の家に向かうぞ」


ロッカーを出た瞬間赤司の姿と声に出迎えられて、思わず水をかけられたように固まった。何ビビってんだよと鼻で笑う青峰に、うるさい、と小さく返しながら、心の中でそっと呟く。赤司を見ると無意識にそうなってしまう、と。
笑った顔さえ時に張り付けた偽物のように感じて、決して隙を見せはしないのに、目が合うだけでこちらの本心は全て見透かされてしまいそうだと思う。何が恐ろしいかと問われれば、見透かされたのちを危惧する自分が、何よりも。見透かされて呆れられて、飽きられて、不必要だとあっさり棄てられてしまうことへの形のない恐怖。きっと他の皆も感じているんじゃないか、顔を上げて見渡す。てんでバラバラで他己犠牲という言葉がよく似合う、それなのに反論ひとつなしに赤司に従う姿は。まるで赤司が言葉を発する瞬間、色のない轟音に絡め取られているような。


「黄瀬?」

「は、はいっス」

「この道を曲がればいいんだったか」

「ああ。そうっスよ」


頭の中に浮かべていた人物が目の前に現れて、思わずひっくり返ってしまった声に苦笑しながら指を指す。真っ暗になった道を歩いていく。いつもは一人分の足音なのに、今日は六人分の。後ろでは青峰が寒い寒いと喚いている。君にも苦手なものがあるんですね、と淡々と返す黒子は寒くないんだろうか。そう考えていると、それより、という赤司の声が左側で響いて、声の主の方向へ首を向けた。


「あまり準備が出来なかったんだが。大丈夫だろうか」

「あー、まあ大丈夫じゃないっスか?お菓子食べながらテレビ見るくらいでも別に…」

「菓子類は買っていないぞ」

「え?」

「用意したのは割り箸だけだ」

「………は?」










『おい誰か言えよ、間違えてるって赤司に』

『赤ちんってちょっと世間知らずだよねえ』

『テレビとか見ないんでしょうか』

『問題はそれじゃないっスよ!』

『あ?』

『赤司の左手を見るのだよ、すでに…』

「お前たち何をコソコソ喋っている?」


ひい、と各々小さく上げてしまった声を抑えながら振り返る。

それは3分ほど前のこと、それぞれが心に刻み込んだ瞬間だった。赤司が笑っているときはろくなことがないと。その理由は黄瀬の部屋に入るなり、にこやかに笑いかけた赤司にある。彼の右手には割り箸が五本握られていて、左手にはすでに一本の割り箸を握りしめていた。その先端は赤く塗られていて、それはつまり。


「王様ゲームを始めよう。王様はこの俺だ」


空気は一瞬固まってしんとした、その中で紫原がスナック菓子を貪る音だけが響いて。意味分かんねぇ、と吐き捨てる青峰を横目に、黄瀬は帰り道での会話を思い出していた。



『あのー赤司っち、ハロウィンってどんな行事か知ってるっスか?』


割り箸しか用意していないとのたまった赤司にどこから突っ込んでいいのか、そもそも突っ込んでいいんだろうか。考えながら恐る恐る尋ねると、赤司はさらりと述べてみせた。


『もちろんだ。国王に各々が贈り物を献上する豊饒祭だろう?農地のない都会でも楽しめるようにと製菓業界が立てた戦略も悪くはないとは思うが夜も遅いし、菓子類は紫原も日々食べすぎているからな。ゲームで気分を味わう程度でいいだろう』

『え、っと』


あーまじ頭抱えるぅ、今朝すれ違った女子高生が呟いていた言葉だ。語尾が気になって耳に留まっていたけれど、まさに今そんな気分だ。真似ながら頭の中で何度呟いてみても状況は変わらない。光の速さで回転していたのは恐らく脳内だけなのだろう、どうした、と赤司の声が聞こえた。


『あのー赤司っち、割り箸使うゲームって…』

『ああ。言い忘れてたな、王様はもちろん俺だよ』








「…だからねじ曲げるのは無理っスよ」

「だからって誰が従うんだよ、こんな下らねー…」

「青峰。練習メニュー」


しん、と水を打ったように静まる。練習メニューという言葉に身構えた青峰は、赤司に背を向けたまま振り返ろうとしない。ゆっくりと腕が伸びてきた。割り箸が五本。


「拒否したら練習メニュー三倍だ。せっかくのハロウィンなんだ、楽しむべきだろう?」


分かりました、と溜息をつきながら黒子が手を伸ばす。お菓子を食べながらのんびりと腕を伸ばした紫原に、指が汚れているから拭けと緑間がウェットティッシュを差し出した。


「ゲームのお題はどうするんスか」

「これを買ってきた」


取り出したのは『王様ゲーム』と書かれたトランプのようなカード。イベント用に売り出されているものだろう。赤司がそれを真顔で購入している場面を想像すると、なんだか笑ってしまいそうになる。全員引いたな、と見渡してから赤司がカードを引いた。


「それじゃ最初は、『3番が4番を口説く』」

「あ、俺3番っスわ!4番は…」

「俺なのだよ」

「えっ」


右隣で眼鏡を直しながら差し出した割り箸には、確かに4番の文字。斜めに座る黒子を見やる。黒子っちが相手ならいつもと変わらないかもしれない、なんて思っていたのは間違いだった。







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