選択肢の一つだって。
「紫原くんは何にしますか?」
「え?」
静かな声に我に返る、ああそうだ、皆でコンビニに寄ってたんだった。冷房が効いていて頭がガンガンする、風邪じゃない。ただ、ものすごく火照っている思考を抱えた重い頭。現実に引き戻す。
「アイス。ジャンケンで負けたから黄瀬くんが皆におごってくれるそうですよ」
ひょこりと顔を覗かせた彼。身長は確か170もない。小さいその頭に手を伸ばす。今にもこの手で潰してしまえそうなのに、目に宿る意志が強くて、躊躇う。
伸ばした手はそのまま力もなく頭の上に乗って、数回ぽんぽんと叩くと不思議そうな顔をした。ああ、そういう顔ね。首傾げたりしてさ、存在感が薄いなんて嘘だろ、この無表情に惹かれてる人を俺は知ってる。
ねえ、ずるいよ、
「黒ちんは何にすんの?」
「僕はガリガリ君です」
「ふーん」
同じのを選べば俺も黒ちんみたいになれるんだろうか、いや、黒ちんみたいになりたい訳じゃない。ただ、
「黒子」
ただ、選んでほしいだけ。
「赤司くん」
「カゴ。持つよ」
「いいですよ、アイスくらい」
静かに後ろに下がる自分が嫌でたまらない。ねえどうして黒ちんなの、黒ちんのどこがいいの、今にも口を衝いて出そうな言葉を飲み込んで。ぶつかった棚に並ぶ商品を眺める。どれもまずそう、と思っていると、後ろから声がした。
「気になったものがあるのか?」
赤ちん、と呼びかけるのをやめて、ううん、と返して。そうか、と言いながら、二人並んで棚を見つめたまま。遠くで黄瀬ちんが騒ぐ声が聞こえる。
「ねえ赤ちん、豆腐売ってる」
「そうだな」
「湯豆腐じゃなくても好き?」
「嫌いじゃないな」
「ふーん」
「敦は?」
「赤ちんが好きなら俺も好き」
何だそれは、と呟く声が少し笑っているような気がして顔を上げる。一瞬目が合って、口元が上がっているような気がした次の瞬間、その顔は横に向いてしまった。視線の先には騒ぐ皆の姿。商品を詰め込んだカゴを手にレジへ向かう青ちんを、黄瀬ちんが全力で止めている、その先には。
「敦は選んだのか?」
「んー、これにする」
中身が減ったカゴを手にミドチンがやってきて、その中にアイスを放り込んで。
やり取りのあと黄瀬ちんに視線を戻すと、今度は黒子っち黒子っち、と名前を呼びながら黒ちんにまとわりついていた。
しがみついて離れない彼を遠くから眺める。いいな、黄瀬ちんは、真っすぐに向かえて。何も恐れていなくて。
ふと横を見ると、隣に立つ赤ちんも二人の様子を眺めていた。真っすぐに。ああこの人も恐れていない。
恐れているのは俺だけだ、
「ほら、敦」
手渡されたアイスの包みを破って口に運ぶ。口に広がるチョコの味、甘い、甘い、苦しいくらい。この世界と大違い。
「敦、口に付いてるぞ」
「えー、どこ?取って」
仕方ないな、呟く声は優しい。口の端を拭う仕草も指先も。
ねえ、知らないでしょ?
「…赤ちんはさ、黒ちんのこと好きなの?」
知らないでしょ、拭い取った次の瞬間にはもう、彼の方を向いていること。ほら今だって、静かに視線を戻した。目線は揺るがない。
だからこそ分かる、彼が見ているのは。彼が想っているのは。
「ああ、お前もだろう?」
「………うん」
今答えた二文字に、肯定以上の感情が包み隠されていること、俺が本当は気付いているって。知らないでしょ、
俺がこのアイスを選んだ理由だって。
一秒だって二秒だっていい、真っすぐなその視線を俺に向けてくれるなら。
俺に触れてくれるなら、
「敦、チョコ好きなのか?」
「……うん」
お菓子になら言えるのに、だから、言葉の半分を一緒に飲み込んで。
「大好き、」
ほんとは、君の、こと。
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20121003